84■概要現在の情報通信技術は19世紀に確立された物理法則に基づいており、既に光ファイバの電力密度限界や最新技術による暗号解読の危機が指摘されるなど、近い将来物理的限界を迎えることが予測される。このような限界を打破するため、究極の物理法則「量子力学」に基づき、計算機では解読不可能な超高秘匿性を実現する量子暗号や関連技術である物理レイヤ暗号等の研究開発(量子光ネットワーク技術)、信号の伝送及びノード内処理を全て量子的に行うことで従来の情報通信・センシング技術の性能限界を超え得る新しい量子ネットワークの研究開発(量子ノード技術)について、自ら研究と産学官連携により戦略的に進めている。令和2年度は、以下に挙げる成果を達成した。■令和2年度の成果1.量子光ネットワーク技術第4期中長期計画では、NICT本部(小金井)を中心に構築したファイバーネットワークテストベッド「東京QKDネットワーク」を活用した量子暗号の基幹技術である量子鍵配送(QKD)技術のネットワークセキュリティへの応用や、QKD技術と(量子以外の)最新の現代暗号技術と融合した総合的なセキュリティ技術の開発、実際に重要情報を扱うユーザとの実証実験などに取り組んできた。また、ファイバーベースの地上のQKDネットワークの研究開発に加えて、衛星通信等を念頭においた光空間通信における量子暗号・物理レイヤ暗号の技術開発にも取り組んできた。令和2年度は、第4期中長期計画の最終年度として、以下の成果を得ている。東京QKDネットワーク上の秘匿分散ストレージシステムに、情報理論的安全性を有した第三者認証機能を実装した。さらに、この分散ストレージシステムを前年度から引き続き実証を続けている日本代表選手を擁するナショナルチームがスポーツカルテデータの保存などで利用するデータサーバを保護するための顔認証システムに組み込み、フィールド実証実験にも成功した。さらに、同システム上において、顔認証用の生体データの分散保管及び医療情報を扱う標準規格(SS-MIX)に準拠した電子カルテの分散保管のシステムをそれぞれ実装し、社会実装に向けた実証実験に成功した(図1)。また、これらの技術をさらに拡張し、QKDネットワーク、秘密分散、耐量子公開鍵暗号技術も利用した電子署名、秘匿計算等のセキュリティ技術を総合的に備えた「量子セキュアクラウド技術」の概念設計を完了した。第5期中長期計画においてこれらの成果を活用し、量子セキュアクラウド技術の実用化に向けた研究開発に本格的に取り組む準備が整った。また、量子技術や現代セキュリティ技術を融合した新たな研究領域である「量子セキュリティ」分野を本格的に切り拓くべく、研究開発、その技術的検証、人材育成、社会実装を総合的に推進するため、量子セキュリティ拠点の発足に向けた新棟建設と体制整備を実施した。さらに、量子暗号通信の社会実装実験への取組を前年度に引き続き進め、実験環境整備を完了した。研究開発成果の展開として、標準化活動についても積図1 Tokyo QKD Network上に構築された、医療情報標準規格(SS-MIX)に準拠した電子カルテの分散保管のシステム3.8.2量子ICT先端開発センターセンター長 武岡 正裕ほか15名量子情報通信技術による新しいネットワーク社会の実現を目指して
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