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110■概要今後の社会では、日常生活の様々な場面においてIoT機器をはじめとする小型の情報機器の利用が爆発的に増加すると予想される。それらの情報機器においては、限られた電力と計算資源で実行できる簡潔な方法で情報を処理し、必要最低限の機能を生み出すことができる、効率性に優れた情報技術が求められる。こうした要請に応えるため、当研究室では、ごく小規模な神経系で環境の情報を処理し、多彩な行動を生み出すことが可能な「昆虫の脳」に着目した研究開発に取り組んでいる。昆虫は優れた感覚能力と定型動作を組み合わせることにより、迅速かつ精緻な運動制御(飛行・歩行)や個体間コミュニケーションなど、様々なタスクを実行可能である。その一方で、学習・記憶によってその行動を柔軟に変容させ、環境に適応するように振る舞うことも可能である。こうした行動を生み出す昆虫脳の効率的な情報処理機構を新奇ICTの創出に活いかすため、当研究室では、各種神経機能の計測・評価技術の開発を行うとともに、環境情報のセンシング・感覚情報の処理と統合を担う神経機構の解析を行っている。令和3年度はこのミッションの下、1.視覚を手がかりとした運動制御機構、2.記憶メカニズムの分子・細胞機構、3.生体機能を支える情報識別の分子・神経機構に注目して神経・生体調節機能の評価・計測技術の開発及びそれを活用した機能解析に取り組んだ。■令和3年度の成果1.昆虫の視覚行動解析とそのための脳機能解析技術近年、ヒト以外の動物を対象とした神経科学研究においても仮想現実(Virtual Reality: VR)の導入が進んでいる。VRを用いれば、より厳密な制御が可能な人工刺激を、より自然に近い状況下で動物に呈示することが可能になる。この刺激によって生じる神経活動や行動の解析によって感覚入力と行動出力との間の定量的関係のより詳細な把握が可能になり、行動制御アルゴリズムの推定やモデル構築のためのより精緻な基礎データの取得が可能になる。目下、行動神経生物学プロジェクトではショウジョウバエの視覚系の機能を解析するためのVR実験環境の構築に取り組んでいる。令和3年度は、視覚刺激により生じたハエの歩行運動を、視覚刺激にフィードバックさせる閉ループ系の構築に向けて、システム設計を行った。また、システム構築に必要なハードウェアの設計・試作を行い、その新たな装置においては、視覚刺激を呈示できる視野範囲が大幅に拡大されることを確認した(図1)。一方、視覚による歩行運動制御に関連した神経機能解析では、光遺伝学(遺伝子工学的手法を用いてニューロンに光応答性を付与し、人為的に神経活動を操作する技術)を用いたニューロン機能の検討を行い、視覚情報処理を担う神経回路と運動制御を担う神経回路の結節点を構成するとみられる、複数の高次ニューロンの特定に成功した。図1 VR行動解析系の概要図2 新規開発したハエの連合学習モデル摂食司令ニューロン(フィーディング・ニューロン)での情報処理が変わり、棒の引き離しによって口吻の伸展が引き起こされる3.5.1.4神経網ICT研究室室長  山元 大輔ほか10名昆虫脳に倣った効率的な情報処理技術の研究開発に向けて

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