112■概要深紫外(Deep Ultraviolet: DUV)光は、おおむね200~300 nmの波長領域の光の名称であり、空気中を伝搬できる光の中で最も波長の短い光に分類される。特にUV-Cとして分類される280 nm以下の光波長領域は、オゾン層ですべて吸収されるため、太陽光が地表まで到達せず、ソーラーブラインド領域と呼ばれる。このため、太陽光の背景ノイズの影響を受けない通信・センシングや、大気中の高い散乱係数を利用した見通し外(Non Line of Sight: NLOS)光通信などへの応用が期待されている。また生物のDNAやタンパク質は自然界には存在しない280 nm以下の光に対して強い吸収構造を持つ。この特性により、深紫外光を使えば、塩素などの薬剤を用いずに、細菌やウイルスなどを極めて効果的に殺菌・不活性化できる。このような応用以外にも、空気中を伝搬できる光の中で最も波長の短い深紫外光は、光加工や3Dプリンタの高精細化、樹脂の硬化、印刷、環境汚染物質の分解、分光分析、医療応用など、多様な技術領域において今後画期的な役割を果たしていくものと期待されている。従来、この深紫外光を発する光源として、主にガス放電ランプである水銀ランプが用いられてきた。しかし、光源としてのサイズや消費電力が極めて大きく、その利用範囲は限定されていた。またさらに、2017年「水銀に関する水俣条約」が発効され、人体や環境に対し有害な水銀の削減・廃絶に向けた国際的な取組が加速している。このような状況から、これまでにない低環境負荷で小型・高出力・長寿命な深紫外半導体固体光源の実現とその早期社会展開が切望されている。深紫外光ICT研究室では、材料科学・ナノ光デバイス技術などに係る基礎研究から産官連携による応用技術開発の取組までを一貫して進めることで、従来性能限界を打破する深紫外半導体固体光源や新たな深紫外光ICTデバイスの創出とその社会実装を目標とした研究開発に取り組んでいる。■令和3年度の成果新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界規模での流行が続いている。COVID-19感染経路の一つとして、エアロゾル感染の存在が明らかになってきている。エタノールなどの液体薬剤は、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に対して顕著な不活性化効果を示すことから、物体表面の除染等に広く使用されている。しかし、液体薬剤を使用することができない条件やSARS-CoV-2エアロゾルに関しては、有効な不活性化方法が未だ確立されておらず、感染対策上の大きな課題として残されていた。このような状況において、DUV-LED照射によるウイルスの不活性化に大きな期待が寄せられている。しかしながら、従来市販されているDUV-LEDの光出力は数十 mW程度以下と小さく、迅速に高い不活性化率を達成するには不十分であった。また、これまで光照射技術を用いたSARS-CoV-2に対する不活性化効果の評価については、試験皿内のウイルス懸濁液を用いた条件に限られており、SARS-CoV-2エアロゾルに対するDUV-LEDの定量的な照射効果については明らかにされていなかった。これらの社会的課題を解決するため、令和3年度の主な研究取組の一つとして、DNAやRNAの吸収極大波長と重なる波長265 nmの発光ピークを示す高出力な窒化アルミニウムガリウム(AlGaN)系DUV-LEDを開発し、医療研究機関(東京大学医科学研究所)と共同で、液体中図1 (a) NICTで開発した高出力深紫外LEDの外観写真、(b) デバイス層構造の模式図、(c) ウイルスへの深紫外光照射のイメージ図3.5.1.5深紫外光ICT研究室室長 井上 振一郎ほか8名深紫外光デバイス技術により安心・安全で持続可能な未来を切り拓ひらく
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