116■概要現在の情報通信技術は19世紀に確立された物理法則に基づいており、既に光ファイバの電力密度限界や最新技術による暗号解読の危機が指摘されるなど、今後も次々と物理的限界を迎えることが予測される。このような限界を打破するため、「量子力学」における物理法則を駆使し、情報理論的安全を物理法則が担保する量子暗号技術や関連する物理レイヤセキュリティ技術(量子セキュアネットワーク技術)、また従来理論の容量限界を打破する量子情報通信の研究開発(量子ノード技術)を自ら研究と産学官連携により戦略的に進めている。令和3年度は、以下に挙げる成果を達成した。■令和3年度の成果1.量子セキュアネットワーク技術量子セキュアクラウドの研究開発において、想定ユースケースで性能を検証した。一例として東芝等と連携し、大容量ゲノムデータの分散バックアップのデモンストレーションを実施し、300Mbps以上の速度のOTP暗号伝送により80 GBのデータの高速分散バックアップに成功し、プレスリリースを実施した(図1)。また、本件を含む成果を招待講演4件で報告した。また量子セキュアクラウドを用いて、個人情報を保護しながらゲノム解析データを利用する、いわゆる安全なデータの二次利用を可能とする実装形態を提案し、信頼できるサーバを仮定し、量子セキュアクラウド内に保管されたデータの完全性を情報理論的に担保できる技術を開発した。また、量子暗号装置単体の高性能化への取組として、既存光通信との同一ファイバでの共存を容易とする連続量量子鍵配送(CV-QKD)方式における鍵生成レート改善のため、誤り訂正符号LDPC(low-density parity-check)を用いた新たな鍵情報整合(reconciliation)プロトコルをEindhoven工科大学(蘭)、Karlsruhe工科大学(独)と連携して提案し、フレームエラーレートを従前手法よりも10%低減し8.5%の鍵生成レート改善に成功した。光空間通信に適した量子暗号・物理レイヤ暗号の基盤となる実装方式として、実装装置の簡素化が容易であるDPS方式を採用し、地上テストベッド上に実装し原理検証を行った。また衛星–地上間での光通信など、チャネルが見通せてreceive and resend attackなどの盗聴者の攻撃が困難であるケースにおいて、高い鍵生成レートを実現できる見通し通信QKDというプロトコルを新規開発した。高度な計算処理を必要とする鍵蒸留処理を衛星搭載環境でも実施可能であるかどうかを評価するため、民生品で構成された鍵蒸留基板に放射線を照射後の動作確認を実施し、データベースを作製した。例として従来衛星搭載品としての信頼性が不確定であったSSDメモリが低軌道衛星環境で10年分の放射線を被ばくしても正常に動作することを確認し、その結果に対しデータベース化を実施した。中軌道や静止軌道上の衛星と地上局間で情報理論的に安全な暗号通信を実現可能な新方式として、見通し通信QKDの理論を構築し基本原理の実証実験を実施した。またフェーディング効果まで考慮した物理レイヤ暗号の未解決課題であった秘匿通信容量の定式化に世界で初めて成功した。さらに衛星量子暗図1 大量ゲノムデータの分散ストレージOTP: ワンタイムパッドLSA︓東芝ライフサイエンス解析センターToMMo︓東北⼤学東北メディカル・メガバンク機構TUH︓東北⼤学病院NICT︓情報通信研究機構ゲノム解析データシェアAシェアB秘密分散(変換)シェアC秘密分散サーバA(ToMMo)シェアAシェアC秘密分散(復元)・秘密分散処理(変換側)・秘密分散処理(復元)ゲノム解析データ量⼦鍵配送/OTP分散のLSA秘密分散サーバCシェアC量⼦暗号+秘密分散のToMMo秘密分散サーバAシェアA量⼦暗号+秘密分散のTUH秘密分散サーバBシェアB量⼦鍵配送/OTP東芝NICTが担当NICT東芝80GBのデータを秘密分散3か所に30分以内で分散3.5.2.1量子ICT研究室室長 藤原 幹生ほか19名量子情報通信技術が作る新しい情報ネットワークの実現を目指して
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