126■概要脳機能解析研究室は、脳活動計測の高度化に関する技術やこの技術を利用した高度な脳活動計測による神経科学的な研究、また、脳活動やその時の心的状態を日常の環境でも計測できる技術の開発などを進めている。この中で令和3年度においては、7テスラの磁気共鳴イメージング(7TMRI)装置を利用して、これまで計測が難しかった嗅覚に関する脳活動の計測に成功した。また、ヒトは視覚、聴覚、嗅覚など、いわゆる五感を通して外界の情報を得ているが、例えば、映画を見ているときは視覚と聴覚など、いくつかの異なる感覚を同時に使い、さらには、お互いの感覚が影響を及ぼし合いながら外界の情報を処理している。これはクロスモーダル現象と呼ばれるが、嗅覚と視覚のこの現象に関して、心理学的・神経科学的アプローチにより研究を進め、クロスモーダル現象に関する新たなる知見を得た。さらに、人間が日常生活の中で体験する感情、とりわけポジティブ感情への注目はますます高まっていることから、日常環境において、アンケートなどを取得できるクラウドシステムを開発し、このシステムで毎日、感謝したことを書く「感謝日記」を記録したところ、感謝日記をつけた場合には、学習モチベーションが上がり、無気力度が下がったことから、ウェルビーイングが向上したと思われる結果を得ることができた。■令和3年度の成果自然で多様な知覚・認知を司る脳内情報表現を包括的に扱う脳機能モデルの構築に向け、嗅覚の脳内表現データを収集し、解析を行った。嗅覚機能については、新型コロナウイルス感染(COVID‑19)による障害がQOLに影響したり、アルツハイマー病などの神経変性疾患により障害が初期に発症したりと重要性が再認識されている。嗅覚末梢レベルにおける匂いの認識は、嗅覚受容体遺伝子の発見によって解明が進んでいるが、高次中枢レベルにおける嗅覚情報処理については分かっていないことが多い。高次中枢において主たる嗅覚関連領域は、他の感覚と比較すると小さく、脳の奥側に位置しているため、その活動を測定することは難しい。そのため、高感度かつ高解像度で撮像できるCiNetの7TMRI装置を用いて、匂いを嗅いだときの脳活動をfMRIにより計測した。用いた匂いは、心地よいとされるオレンジやラベンダー、不快とされる濡れた雑巾や汚れた靴下の匂いである。しかし、ラベンダーを不快と感じたり、靴下の匂いは不快に感じなかったりと匂いに対する評価は人によって異っていた。また、匂いの強度についても個人の評価にはバラツキがあった。fMRI計測では、これらの匂いに対して、嗅皮質である梨状皮質、扁桃体、眼窩前頭前野で脳活動がみられた(図1A)。そこで、各領域内のfMRI信号を平均し、その信号と個々で評価した匂いの強度や快不快度を比較した。梨状皮質では、匂いを強く評価するほどfMRI信号は大きく、弱いと感じた場合は小さい(図1B)。他の領域でも同様の傾向は見られたが、梨状皮質ほど顕著ではなかった。一方、快不快度との比較では、どの評価でもfMRI信号はほぼ一定であった(図1B)。したがって、領域内の平均fMRI信号は匂いの強度を反映し、快不快度は反映していない。次に、領域内の平均fMRI信号ではなくfMRI信号パターンと匂いの評価との関係を調べた。言い換えれば、各領域の信号パターンから匂いの評価予測ができるかの可能性について検討した。梨状皮質や偏桃体の信号パターンから匂いの快不快予測はできないが、眼窩前頭前野の信号パターンでは予測が可能であった(図1C)。一方、各領域の信号パターンでは、匂いの強度評価は予測できなかった。これらの成果は正常な嗅覚機能を理解する上でとても重要でありNeuroImage誌に掲載された。なお、この研究は弱い強い匂い主観強度左右匂い快不快度予測精度梨状皮質眼窩前頭前野fMRI信号不快中間快匂い快不快度左右ABC図 7テスラ嗅覚fMRI図1(A)匂いに対するfMRI信号(B)fMRI信号と匂い評価との関係(C)匂い快不快予測精度3.5.3.2脳機能解析研究室室長 成瀬 康ほか41名新たな実験・解析手法による嗅覚等の脳機能の研究開発を推進
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