138■概要近年のデジタル技術の急速な発達により、国家、企業、個人の様々な重要情報がクラウド上に永遠に保存され続ける時代が到来した。これらの情報のセキュリティを世紀単位という超長期間にわたって保証していくためには、いかなる計算機でも解読不可能、すなわち情報理論的に安全である量子暗号技術を導入し、情報セキュリティ技術をアップデートしていく必要がある。この視点の下、量子暗号の社会実装が日本を含む主要各国で加速している。しかし、量子暗号の本格的普及を実現するためには、距離・速度の限界やサービス停止(DoS: Denial of Service)攻撃への脆弱性など、課題がまだ山積している。これらの課題を克服し、クラウド技術がもたらす利便性と超長期間に渡る情報セキュリティとを両立したセキュアクラウドシステムを構築するためには、量子暗号を中心とした量子情報分野と様々な周辺領域とを組み合わせた新たな融合領域、『量子セキュリティ分野』の開拓が必要となる。この領域は、光空間通信の性質を活用することで量子暗号の長距離・高速化を図る衛星量子暗号・物理レイヤ暗号技術、量子暗号のネットワーク化により広域化、改かい竄ざん耐性、DoS攻撃耐性の向上を目指す高度分散化技術、量子コンピューティング技術や量子計測・センシング技術に量子暗号を組み合わせることで機密性、完全性、可用性、機能性を総合的に実現する量子セキュアクラウド技術、といった要素技術により成り立つ。以上の背景の下、量子ICT協創センターは国の量子技術イノベ―ション拠点のひとつ『量子セキュリティ拠点』を運営するコア組織として令和3年度に設立された。そのミッションは、(1)量子暗号・量子通信を現代暗号、情報理論、ネットワーク技術等と融合した新たな学術領域『量子セキュリティ分野』を開拓し、その基本概念の実証とシステム実装に取り組むこと、(2)量子セキュリティ分野、量子コンピューティング分野、量子計測・センシング分野の融合を図り、高度な計算処理、計測・センシング、通信・暗号の機能を提供する新たな基盤『量子技術プラットフォーム』(図1)のアーキテクチャを導出しテストベッド化に取り組むこと、と定義される。これらのミッションに対して、NICT内外の連携により産学官の協創環境を整備しながら、研究開発、オープンテストベッドでの実装・試験、社会展開、人材育成までを一気通貫で取り組んでいく(図2)。■主な記事令和3年度における衛星量子暗号・物理レイヤ暗号技術の成果として、静止軌道–地上間もカバー可能な超長距離向けの新秘匿通信方式『見通し通信QKD』の考案が上げられる(図3)。本方式の論文がNew Journal of Physics誌に掲載されたことにより、当該分野の新たな方向性を提示した。この方式に関連して、通信路の状態に応じて適切な方式を選択する鍵共有システムの発明など、合計で5件の特許出願を行った。また、衛星網、航空機網、地上網を量子暗号・物理レイヤ暗号により階層的に接続して秘匿通信網を構成するための基礎概念に関する特許も成立した。さらに、長年の未解決問題であった、フェーディング効果まで考慮した一般的な場合の物理レイヤ暗号の秘匿通信容量定理の証明にも成功し、関図1 量子技術プラットフォームの構成概念図図2 量子ICT協創センターの概要3.7量子ICT協創センター研究センター長 佐々木 雅英
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