の健康や環境に有害な水銀を含んでいます。水銀は常温でも気化しやすい性質があり、一旦外部に排出されれば大気中に拡散し、地球規模で土壌や水を汚染し、蓄積されていきます。さらに、食物連鎖を介した生物濃縮により、大型魚介類等への高濃度蓄積も指摘されています。このため、2017年に「水銀に関する水俣条約」が発効され、水銀廃絶に向けた国際的な取組が加速しています。このような背景において、水銀ランプに代わる新しい半導体固体光源技術の実現が切望されており、国内外において研究開発が盛んに進められています。しかし従来の深紫外LEDの光出力は、水銀ランプと比べると極めて微弱で代替を本格化させるには不十分でした。NICTでは、これらの課題を解決するため、低環境負荷で高出力な深紫外LEDの研究開発に取り組んでいます。窒化アルミニウムガリウム(AlGaN)系深紫外LEDの極めて低い光取出し効率や効率ドループの問題を改善する、ナノフォトニック構造技術や各種デバイス要素技術を開発することで、深紫外LEDの大幅な高出力化に成功しています。最も殺菌性の高い発光波長265 nm帯の深紫外LEDを開発し、シングルチップ・室温・連続駆動の条件下で、深紫外領域で世界最高出力となる500 mWを超える光出力を実証しています。環境に優しく、小型・ポータブルで高出力な深紫外LEDの開発は、水銀ランプの代替や省エネによる環境問題の解決だけでなく、浄水施設の整っていない地域における安全な飲料水の供給や、海の生態系を保全するための船舶のバラスト水の殺菌、空気清浄機やエアコンへの搭載による空気中のエアロゾルウイルスの不活性化、ウイルス拡散・感染症拡大防止など、幅広い社会問題の解決に貢献が期待されます。なお、NICTが開発した高出力265nm帯深紫外LEDを用いてエアロゾル化した新型コロナウイルスの高速不活性化に成功した成果は、東京大学医科学研究所の河岡教授らのグループと共同で実施され、2022年 3月18日発表の当機構プレスリリース(https://www.nict.go.jp/press/2022/03/ 18-1.html)に詳細が掲載されています。年、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のまん延や気候変動による水不足、水銀等による環境汚染などの深刻な懸念が地球規模で広がっています。これら人間活動の増大に伴って顕在化してきた地球環境上のリスクに対抗する新しい科学技術の一つとして、深紫外線と呼ばれる、極めて強い殺菌作用を持つ光を発する「深紫外LED(発光ダイオード)」に高い関心が集まっています(図)。深紫外線とは、波長領域としておおむね200~300 nmの光の名称です。特に、波長265 nm付近の深紫外線は、DNAやRNAの吸収極大波長と重なるため、ウイルスや細菌に対する最も強い不活性化(殺菌)作用を有します。エタノールや次亜塩素酸ナトリウム等の液体薬剤は、物体表面や手指の除染(ウイルスに対する不活性化)に有効であり、現在広く使用されています。しかし、新型コロナウイルスの感染経路の一つとして問題となっているエアロゾル感染に対しては、液体薬剤を使用することはできないため、いまだ有効な不活性化手法は確立されていません。このような状況において、化学薬品を使わずに、光照射のみによってクリーンにウイルスや細菌を不活性化できる深紫外LEDは、エアロゾル化したウイルスの拡散を抑制するための有効なツールになる可能性を有しています。従来、この深紫外線を発する光源として、ガス放電式ランプである水銀ランプが広く利用されてきました。しかし、水銀ランプは、光源としてのサイズや駆動電圧が大きく、その利用範囲が限定されるうえに、人近安全・安心と地球環境の保全に貢献する深紫外光技術井上 振一郎(いのうえ しんいちろう)未来ICT研究所 神戸フロンティア研究センター深紫外光ICT研究室 室長図 (a) NICTで開発した高出力深紫外LEDの外観写真 (b) デバイス層構造の模式図 (c) ウイルスへの深紫外光照射のイメージ図bcDUV-LEDAlN submounta11NICT NEWS 2022 No.3
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