タイトル 首都圏の地殻変動観測と伊豆諸島の地震・火山活動
吉野 泰造

 今年6月末に三宅島で始まった群発地震は、活動域を広げ、7〜8月にかけ活発化しました。一方、通信総合研究所(CRL)が超長基線電波干渉計(VLBI)などの宇宙測地技術を応用した首都圏広域地殻変動観測では、時期を同じくして、これまでに見られなかった大きな地殻変動が観測されました。この観測結果は三宅島周辺の地震の活動度をよく反映していたため、国としての地震活動の現状把握に用いられたほか、今回の現象の解明に寄与しています。


【VLBI技術と首都圏の広域地殻変動観測】

写真1 VLBI観測用アンテナ(鹿嶋局(左)と館山局(右))
 首都圏の地下では、わが国を取り巻く4つのプレートのうち3つが互いに重なり合い、相互の運動が地震や地殻変動を引き起こしています。CRLは、人口密集地であるこの首都圏の4カ所(小金井、鹿嶋、三浦、館山)にVLBI、衛星レーザ測距(SLR)及び汎地球測位システム(GPS)の観測局を設け(図1)、平成8年度から観測研究と観測システムの技術改善の研究を実施してきました。これを、キーストーン・プロジェクト(通称KSP、和名では要石計画)と呼んでいます。特に、NTTと共同研究で開発したリアルタイムVLBIは、観測局を結ぶ光ファイバー網により、VLBI観測局(写真1:鹿嶋局と館山局のアンテナを示す)を結び観測データを256Mbpsの速度で中央局(小金井)へ伝送し、オンラインのデータ処理を可能とします(図2)。リアルタイムVLBIは観測結果の速報性だけでなく、システムの高感度化、運用の安定化、省力化等に役立っています。この技術が実用レベルに達しているのは今のところわが国だけです。

図1 首都圏広域地殻変動観測
図2 リアルタイムVLBIと従来型のVLBI観測


【首都圏の観測網に突然現れた地殻変動】

図3(a) 鹿嶋−館山間の基線の変化(全観測期間)
図3(b) 鹿嶋−館山間の基線の変化(2000年1月以降)
 これまでの首都圏のVLBI観測では、観測局を結ぶ距離(基線長)の変化は、ほぼ一定で、速いところでも1ヶ月に1mm程度のゆるやかな短縮傾向にありました。図3(a)は鹿嶋−館山基線の時間変化で、今年の夏までのゆっくりとした変化は、わが国を取り巻くプレートの運動によるものと考えられます。一方、三宅島では6月末に地震活動が始まり、その後、大規模な群発地震へと発展しました。それにともない、今年7月に入り基線長の観測結果にはそれまでに見たことのない大きな変化が現れました。特に、変化が大きく現れたのは、この鹿嶋−館山基線でした。今年1月からの変化を示したのが、図3(b)です。三宅島の地震活動に伴い始まった地殻変動の量は1ヶ月で2cmの短縮という大きなもので、これまでの1年分の変動量を超えています。三宅島に最も近い館山局でも約100km離れていることから、今回の地殻変動が大変広範囲に広がったことがわかります。観測データに大きな変化が現れたため、現地確認も含めシステムの点検を行い、それまで24時間を単位とした2日毎の観測を毎日の24時間観測の臨時観測体制に切り替えました。これは、システムにとって少々負荷の大きい観測でもありましたが、現象を出来る限り克明に捉えるため機械にもしばらく我慢してもらうことにしました。
 このデータは、国の地震調査委員会において伊豆諸島の地震活動の現状評価に用いられ、地殻変動が南房総まで及んだことの根拠となりました。また、VLBIの観測網でこのように明瞭な地殻変動を、しかもリアルタイムで捉えたのは世界でも例が無く、国際的にも専門家から注目を集めました。超高速通信技術がこれらの観測を支えたのです。

【現象の解明に向けて】

図4 新島〜神津島間海底の岩脈状マグマ活動による地殻変動
(6月26日〜9月15日、名古屋大学モデル準拠、気象研究所 MICAP-Gソフト使用。図中、各点からの線は変動量を表す。)
 三宅島周辺の地下で何が起きたのか、そして、この大きな地殻変動がどのように波及したのかを把握することが地球科学の発展にも、予測手法の研究にも重要です。地球物理学者は、今回の地殻変動の原因として、神津島東方の海底で巨大な板状マグマが垂直に貫入したと説明しています。つまり、地下でまわりを押しのけて入り込んだマグマが周囲の地殻を押し広げ遠方の地殻にまで変形をもたらしたと考えられています。そのモデルとマグマの大きさを推定するため、VLBIの地殻変動観測結果も一役買っています。特に、このような海域では地殻変動を観測できるのは島と離れた陸地だけであり、貴重な観測データとなりました。われわれの推定では、板状マグマの大きさは、長さ:20q、深さ:3〜15q、厚さ(開口):5mと見積もられました。逆にこのモデルより地殻変動量を計算すると、図4に見られるような各地点の動きが得られます。ここから、地殻変動が南房総に波及した様子がわかります。
 三宅島周辺の地震活動は8月中旬以降鈍化し、地殻変動も6月以前の傾向に戻りつつあるように見えますが、大きな地殻変動が発生した後の「余効変動」と呼ばれる今後の地殻変動の推移も注目されています。また、今回の地殻変動は国土地理院等のGPS観測でも捉えられ、VLBIの結果とほぼ同様の傾向にあることがわかりました。こうした独立な技術による並行観測は、地殻変動観測のより詳細な研究を可能とするため、今後の分析に期待が持たれます。

【おわりに】

 首都圏のVLBI観測結果は、これまでもインターネットで公開してきましたが(ホームページ:http://ksp.crl.go.jp/index-j.html)、リアルタイムVLBIによる今回の地殻変動観測結果の迅速な提供で、地震関係機関の専門家からも注目を集めました。災害を起こす地震・火山現象の理解も現象の精密で迅速な計測が基礎となります。CRLはこうした観測技術をさらに発展させたいと考えています。
(第六研究チームリーダー)




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