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研究

 NICTの光地上局が世界初の低軌道衛星との光通信に成功 〜次世代の宇宙通信ネットワークの基盤技術構築をめざして〜

光ネットワーク時代の到来
 近年、ADSLや光ファイバの普及により、一般家庭にも高速なインターネット環境が提供されてきています。将来、これらの地上における通信回線は、さらに高速になり、光ファイバにより全てがつながるネットワークが実現されると考えられています。こうした「光」を使った情報通信技術は、宇宙通信ネットワークにも拡大応用され、宇宙と地上における通信が「光」で結合される光ネットワーク時代の到来が想定されます。そうした光通信の基礎技術を確立したのが、光衛星間通信実験衛星「きらり」(OICETS)による光通信実験です。
衛星「きらり」と光地上局による光通信実験
図1
図1:「きらり」搭載光衛星間通信機器(LUCE)
JAXA提供
 「きらり」と光地上局による光通信実験は、宇宙航空研究開発機構(JAXA)とNICTとの共同研究により実施されました。 1993年からJAXAにより「きらり」の衛星開発が始まり、約8年の歳月をかけて2001年に衛星が完成しました。筆者も、JAXAにて1999年7月〜2003年11月までの約4年半の間、図1に示すメインのミッション機器である光衛星間通信機器(LUCE)の開発に携わりました。その後、2005年8月に「きらり」はカザフスタンから打ち上げられ、軌道高度610km、軌道傾斜角97.8°の太陽同期軌道へ投入されました。
 その年の12月には、「きらり」と欧州宇宙機関(ESA)の静止衛星ARTEMISとの間で、世界初の双方向光衛星間通信実験が成功裏に実施されました。「きらり」は通常光アンテナを静止軌道の上方に向けているため地球側を指向することはできませんが、宇宙空間で衛星姿勢を固定する機能があり、光地上局の方向へも光アンテナを指向することができます。その機能を使って、2006年3月と5月に東京都小金井市にある宇宙光通信地上局(以下、NICT光地上局)の上空において、地上−低軌道衛星間で光通信実験を実施しました。
光通信実験・・・・・・広がる応用の領域
図2
図2:「きらり」とNICT光地上局による光通信実験概要
 実験の概要を図2に示します。JAXAにより「きらり」にコマンドが送信され、計画された実験時刻に衛星が動作するように設定・制御されます。NICT光地上局では、衛星が仰角15度以上の可視範囲になると衛星追尾を開始し、双方向のレーザ通信を行います。静止衛星とは異なり、軌道速度約7km/秒もの高速で飛翔する低軌道衛星は見かけの移動速度が速いので、「きらり」の追尾は難しいものとなります。さらに、光地上局実験では大気ゆらぎの影響があるため、受信信号強度変動が発生し、追尾と通信に悪影響を及ぼします。 その変動を抑え、通信回線を安定させるために、図3に示すようにNICT光地上局からは4本のビームを合成して送信しました。
図3
図3:NICT光地上局の送信系の構成


図4
図4:「きらり」で受信された大気ゆらぎによる信号変動の様子
これは一種のダイバーシチアンテナの様な効果があり、図4に示すように十分変動を低減できることが確認できました。通信品質は、2Mbpsのアップリンクにおいてはエラービットが多く発生していますが、50Mbpsのダウンリンクでは約10-5のビットエラーレートを計測しており、誤り訂正符号を用いることにより、衛星で取得された大容量データを地上に下ろすために十分使用することが可能です。また、今回の実験により、低高度地球周回衛星−地上局間光回線への大気ゆらぎの影響を初めて実測できたことは、学術的意義だけでなく、都市部に散在するビル間の光通信、航空機等の飛翔体との空間通信、地上における光無線技術等、広範な応用が期待されます。
社会の安心・安全を支える技術へ
豊嶋 守生 研究者:豊嶋 守生(とよしま もりお)

新世代ワイヤレス研究センター
宇宙通信ネットワークグループー

1994年、通信総合研究所(現NICT)に入所。ETS-VIによる光通信実験に従事し、その後JAXA出向、ウイーン工科大学在外研究を経て、現在、「きらり」の光通信実験及び空間光通信における大気ゆらぎと光波伝搬に関する研究に従事。趣味はテニス、マラソンと地ビールテイスト。博士(工学)。
 これまで宇宙で実証されて来た光通信回線は、技術試験衛星VI型(ETS-VI)を用いた地上―静止衛星間、「きらり」を用いた静止―低軌道衛星間の宇宙実証に加え、今回、地上―低軌道衛星間の実証を行うことができ、これで地球近傍における衛星から地上までの全てのリンクが光でつながって宇宙実証ができたことになります。地上の光ファイバ技術を転用すれば、伝送速度をさらに上げることができ、宇宙における超高速の光通信ネットワークの実現がさらに身近になったといえます。また、この宇宙実証から日本の製品の性能を世界にアピールできたと考えられ、将来、宇宙通信分野の需要に対して有利に働くのではないかと思われます。「きらり」との光通信実験に加え、NICTでは小型衛星の打ち上げ機会を捉えて、軌道上小型光通信ターミナルの宇宙実証も将来考えています。こうした技術は、地球観測衛星等で取得される様々な環境・災害観測データの大量伝送に役立つなど、社会の安心・安全を支える基盤として期待されます。
 最後に本実験を実施するにあたり、JAXA及びNICTの多くの方々に多大なご協力をいただきました。ここに、心より感謝の意を表します。
暮らしと技術

Q:地上系のみならず、宇宙を高速で飛翔する人工衛星までも「光」ネットワ−クで結ばれることによって、一般社会はどのように変わるのですか?
A:最近の報道によると、インドネシア・ジャワ島中部のムラピ山の火山活動が活発化し、突然の火砕流で犠牲者もでました。こうした噴火・地震・風水害などの自然災害が発生した際には、人工衛星の活用が極めて有益です。通信手段確保のみならず、地表面の広い範囲を解像度高く観測し、そのデ−タを地上に伝送することができるのです。しかし、高精細な観測画像デ−タ量は膨大となり、従来から使用されてきた電波を使った衛星−地上局間のデ−タ伝送には限界が見えてきました。そうした中、人工衛星で得られた大量の観測デ−タを地上に短時間で空間伝送する「光」ネットワ−ク技術の早期確立が切望されています。こうした技術開発の積み重ねによって、地球の表面を宇宙から高精細に観測したデ−タが確実に地上に届き、社会の安心・安全に役立つ時代がまもなく到来します。


今月のキーワード【光衛星間通信実験衛星「きらり」(OICETS)】

「きらり」(OICETS)は、ESA(欧州宇宙機関)の先端型データ中継技術衛星「ARTEMIS」との間で実証実験を主な目的に、2005年8月24日にカザフスタン共和国バイコヌール宇宙基地からドニエプルロケットにより打ち上げられた技術試験衛星です。「きらり」のような低高度地球周回衛星と地上局間の光通信においては、受信光レベルが大気による減衰やゆらぎにより大きく変動するため、高速で移動しながら地上局に正確にレーザを送信し続けるには極めて難易度の高い技術が必要となります。本稿で紹介したように、NICTとJAXAは、同衛星と光地上局との間での光通信実験に成功しました。こうした低軌道地球周回衛星と光地上局とを結ぶ光通信実験成功は世界で初めてのことで、日本の技術力の高さを証明することができました。今後も「きらり」は「ARTEMIS」との衛星間の光通信実験とともに、NICTやドイツ航空宇宙機関(DLR)などの機関が所有する光地上局との通信実験を継続し、宇宙環境下での光衛星間通信機器の性能確認、大気の影響評価などが行われる予定です。
※2006年6月7日午前10時13分(日本時間)、「きらり」(OICETS)とドイツ航空宇宙センター(DLR)の光地上局(バイエルン州ウェスリング)との間で、レーザ光による光通信実験が実施され、3分間の光通信に成功しました。


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