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立体映像特集 世界初!200インチ自然裸眼立体視ディスプレイによる立体視の実現 超臨場感映像研究室 専攻研究員 岩澤 昭一郎

一般的に3Dテレビといえばアクティブシャッターを搭載した専用眼鏡を使用したものを想像するでしょう。この方式は、テレビのリフレッシュレートタイミングと同期したアクティブシャッターが動作することで、右目左目のそれぞれに対応した情報を交互に見せることで立体視を実現しています。この方法は、従来の2Dテレビの技術を活用することができることから低価格を実現できるだけでなく、チャンネルセパレーション性能も良く、高品質な立体視環境を容易に実現できるという特徴があります。今後期待されている社会ニーズは「裸眼で高品質な立体視」といわれており、より大画面化することで、さらに臨場感を感じることができるようになるでしょう。

そのような背景の中、NICTが世界で初めて裸眼による立体視が可能なフルハイビジョン画質の200インチディスプレイを開発し、その体感ブースをアジア最大級の最先端IT・エレクトロニクス展「CEATEC JAPAN 2011」に出展するということで、その会場を訪ねました。

出迎えてくれたのは、この200インチ裸眼立体視ディスプレイの開発者の岩澤専攻研究員。今回は、実際の裸眼立体視ディスプレイを体感しながら、その技術背景についてお伺いしました。

3D眼鏡なしでフルハイビジョンの立体映像を200インチで楽しむ

― 200インチディスプレイを前にすると大きいですね。そして、この大画面でしっかりと立体視を体感できますね。

岩澤 画面のサイズは200インチあり、裸眼環境で3Dコンテンツを立体視できるため、より自然で臨場感のある体験ができると思います。横に移動しながら見ると、前面のオブジェクトに隠れていたものが見えるなど、リアルに近い立体感を堪能できます。

― 確かに画面のセンター位置から左右に移動して見比べると、隠れている部分が見えますね。

岩澤 見る位置によって見え方が変わるという部分もこの200インチ視聴環境の特徴の1つです。一般的な両眼視差の左右の2チャンネルだけで立体視を実現している3Dテレビでは、見る位置に関係なく同じものが見えており、本当のリアルな立体視ではないのです。

― 確かに、見る位置によってコンテンツの見え方が変化するのを体感できますが、これはどのような構造になっているのですか。

岩澤 この200インチ裸眼対応の3D映像表示技術は、NICTが開発を進めています。裸眼対応での200インチの3D表示技術は業界最大サイズです。

見る位置によって映像が変化して見えるのは、見る位置ごとに異なる映像を見せているから変化するもので、見る位置の左右方向の動きに対してスムーズに映像が変化するように、左右方向に対して細かい変化のある多視点映像を再生してこの自然な立体感を実現しています。具体的には、57台のプロジェクタアレイをスクリーンの奥側に構築して、そのプロジェクタ各々から出力される少しずつ視差のある映像を特殊な拡散フィルムと集光レンズを通してスクリーンに表示しています。つまり、視差数57視点において、フルハイビジョン規格の1920×1080画素数の映像を再生しているのです。この立体視環境での表示フレームレートは1秒あたり60フレームとテレビと同等となっており、立体視として視認可能な視域幅は視距離5.5mで1.3m、視域角は13.5度を実現しています。

― 見る位置により見え方が異なる裸眼立体視という特徴の他に、何か特徴はありますか。

岩澤 市販の裸眼3Dテレビは薄型のものが主流ですが、原理上ディスプレイパネルのもつ画素数によって1視点あたりの解像度が制限されます。ですから2視点では片目当たりの解像度はもともとの半分となり、さらに視点を増やしますとそれに応じて解像度は低下することになります。これに対し、私どものこの裸眼立体視方式では、ハイビジョン画質の高精細な状態のままで立体視映像を光量低下を起こすことなく鮮明に表示できます。また、この200インチという大画面であることも特徴といって良いでしょう。

人や車などを映し出す時に等身大・実物大サイズで表示することができ、よりリアルな疑似体験を得ることができることから、この200インチというサイズになりました。

●200インチディスプレイを見る位置と見え方
●200インチディスプレイを見る位置と見え方
立ち位置によって画像の見え方が変わる。

●コンテンツの観察視差
●コンテンツの観察視差
左右の目に視差を人工的に与えて脳の中の情報処理で立体を感じる。

リアルな世界と同じ様に、見る位置で見え方が変わるリアルな立体視

― 車のデモンストレーション映像は、正面から見ると開いたドアに隠れて見えないハンドルが、横に移動すると見えますね。実物を見るのと同じように、車体の光沢の変化なども見る位置で変わるのが見てとれますね。この57視点の映像をコントロールする仕組みはどのようになっているのですか。

岩澤 この裸眼立体視技術(図1)は、観察者の位置に応じた映像を見せるものであるということは先ほどお話したとおりです。その実現には、横方向だけに拡散角が狭くなっている特殊な拡散フィルム、そしてプロジェクタから出力される光を制御する集光レンズを貼りあわせて使用しています。プロジェクタの光が観察者の目に正しく入射するように、プロジェクタの投射像の位置調整を精密に行うことによって、観察者の観察位置別のプロジェクタ映像を正しく見せることが可能になっています。

図1●立体表示原理(俯瞰図)
図1●立体表示原理(俯瞰図)

― 57視点分のプロジェクタを設置するのはかなり困難なことかと思いますが、どのようにして実現されたのでしょうか。

岩澤 プロジェクタの設置と設置精度を出すことにポイントがありまして、私たちはまず検証用として小型(70インチクラス)の立体ディスプレイを試作することから始めたのですが、画面サイズを大きく拡大するにつれ、立体像に縞状ノイズが生じる、立体像がぼやける、観察者の動きに対し不自然な見え方の立体像になるなど、小型機では気にならなかったことが、大画面では無視できないほどの画質低下が生じるという課題に直面したのです。

そこで、大画面化による画質低下の要因を数値解析の手法で特定し、その結果をもとに57視点のプロジェクタを最適配置できる形状のオリジナルのプロジェクタを独自に制作して、プロジェクタアレイとして組み上げました。プロジェクタアレイには各プロジェクタの出力光軸を精密に調整するための調整機構を各プロジェクタ設置枠部に搭載しています。今回の体感ブース展示においても調整には丸一日をかけて精度調整を行いました。この調整が精度よくできる構造であることがこのプロジェクタアレイの特徴の1つといって良いでしょう。

また解析の結果、画質低下の大きな要因の1つは、視差画像間に生じる縞状ノイズであることが判明しました。その解決策として、オリジナルに開発したプロジェクタユニット内部に輝度分布や色バランスを精度よく調整する機能を実装することでノイズの低減を実現しました。プロジェクタユニットの設置調整機構と色調整機構を搭載したことで、大画面での高精細な観察環境を実現しているのです。

―全体を通して光の制御がこのシステムの重要要素だと思うのですが、スクリーン部分についてはいかがでしょうか。

岩澤 基本原理でもお話したように、表示スクリーンに特殊な拡散フィルムと集光レンズを用いていますが、この表示スクリーンの光制御の精度についてもプロジェクタアレイと同様に重要になります。立体像の解像度や運動視差のなめらかさに大きく影響するため、光制御が適切となるよう、拡散フィルムの評価・選定と集光レンズの設計を行っています。特に拡散フィルムの横方向の視域角の特性とレンズ曲面の精度が重要な要素です。

このような技術背景により、57視点視差映像を高密度、高精度に表示できるようになり、水平方向のなめらかな運動視差をもつハイビジョン画質の立体視を実現しています。

図2●開発した200インチ裸眼立体視ディスプレイ
図2●開発した200インチ裸眼立体視ディスプレイ

大画面裸眼立体視環境が実現する近未来コミュニケーションの姿

― 今回のブースを実際に体感してみて高い完成度を感じるのですが、今後実用化へ向けての取り組み、そしてこの技術の展望についてどうお考えでしょうか。

岩澤 現在の視差は57視点ですが今後さらに有効な視差画像数を約200に増加させたいと考えています。そうすることで、立体像の観察領域の幅をさらに拡大することができ、より多くの人が観賞できるようになるからです。現在は3DCGによるサンプルコンテンツですが、人物や風景といった実写映像の撮影を行い表示することができる技術の開発に取り組んでいるところです。そして、データの圧縮・伝送・符号化の技術を高めて、遠隔地とのリアルタイムなコミュニケーションの実現を目指します。また、このディスプレイを人が感じる臨場感を評価するツールとしても活用していく予定です。

すでに実社会での実証実験を計画しておりまして、課題の克服へ向けて、さらなる研究開発を進めて、当技術の実用化を目指します。

― 本日はありがとうございました。

(取材 株式会社フルフィル 田中 誠士)


CEATEC JAPAN 2011

10月4日(火)~10月8日(土)の期間、幕張メッセで開催されたアジア最大級の最先端IT・エレクトロニクス展「CEATEC JAPAN 2011」では世界最先端の技術・製品・サービス等が発表され、それらの技術を生かしたおもしろい製品が多数展示されるという、世界中の業界関係者や一般ユーザーの興味を集める一大イベントです。期間中の総来場者数は17万人。まさにアジア最大級と言うにふさわしい熱気の中、NICTは世界初の200インチ裸眼立体視の体験ブースを出展しました。

●NICTブース全景●NICTブース全景 ●200インチディスプレイの体験に並ぶお客様の行列●200インチディスプレイの体験に並ぶお客様の行列
●民間基盤技術研究促進制度による委託研究開発の成果やベンチャー支援制度を活用したサービスについて展示をしたICT Suiteエリア●民間基盤技術研究促進制度による委託研究開発の成果やベンチャー支援制度を活用したサービスについて展示をしたICT Suiteエリア ●第3期中期計画やNICTの震災対応を紹介するパネル展示●第3期中期計画やNICTの震災対応を紹介するパネル展示
岩澤 昭一郎(いわさわ しょういちろう)
ユニバーサルコミュニケーション研究所
超臨場感映像研究室 専攻研究員

大学院修了後、1999年通信・放送機構招へい研究員、2002年ATR専任研究員を経て、2010年NICTに入所。画像処理、CG、多視点立体映像提示技術などの研究開発に従事。博士(工学)。
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