NICT NEWS
位置情報を用いた視覚障がい者歩行支援システムの技術開発 - UWB測位とスマートフォンの連携によるリアルタイム位置案内 - ワイヤレスネットワーク研究所 ディペンダブルワイヤレス研究室 主任研究員 李 還幇/ワイヤレスネットワーク研究所 ディペンダブルワイヤレス研究室 室長 三浦 龍/富士通株式会社 統合マーケティング本部 総合デザインセンター デザイナー 吉本 浩二/富士通株式会社 統合マーケティング本部 総合デザインセンター シニアエキスパート(ユニバーサルデザイン担当) 蔦谷 邦夫

開発の背景

視覚障がい者の歩行支援のために、様々なシステムの開発が行われています。近年GPS機能を備えた携帯端末を用いて利用者の現在位置と目的地の位置を特定し、携帯端末から目的地までの道を音声案内するシステムが開発されています。しかし、GPSを利用できない屋内での歩行支援システムは技術面での課題があり、実用化されたものはまだありません。

今回、NICTと富士通(株)は共同で、高精度位置特定を行うUWB(Ultra Wide Band: 超広帯域)システムと、地図ソフト及び合成音声をもったスマートフォンとを組み合わせて、視覚障がい者歩行支援システムの技術開発を行いました。UWB位置特定システムは利用者の現在位置を特定し、この情報を使ってスマートフォンの地図ソフト上に利用者の現在位置を表示し、さらにスマートフォンを操作することで、指定される目的地までの音声案内を行います。このシステムは、GPSを利用できない屋内でも利用可能です。

IR-UWBを用いた位置特定システム

UWBとは、非常に広い周波数帯域にわたって電力を拡散させ、低い電力密度をもって通信および測距測位を行う無線技術です。中でも、IR(Impulse Radio)を用いたUWB(IR-UWB)は、時間軸上のナノ秒オーダーの非常に短いパルスを用いることによって実現されています。このナノ秒オーダーのパルスは、精確な時間情報を提供しているため、パルスを計測することによって、誤差が30cm以下の測距が可能です。測距対象の移動局は、3台以上の既知固定局との距離を測定すれば、対象移動局の位置を特定できます。開発したIR-UWBを用いた位置特定システムの制御PCの画面表示を図1に示します。

図1の中心部の長方形エリアの4つの角と長辺の中間点に計6台の固定局(#01-#06)を配置します。エリアに入ってくる移動局(Tag01)は、通信可能な固定局と測距を行い、それぞれの測距結果を1秒に5回出力します。1回の測距結果は20回以上の測定を平均した結果です。そして、制御PCでは毎回の測距結果から移動局の位置を特定します。3台の固定局との距離が分かれば位置特定できますが、固定局の台数が増えれば増えるほど位置特定の精度が上がります。位置特定に用いる固定局を指定することも可能にしています。なお、利用者がもつ移動局にBluetoothを実装し、スマートフォンとデータをやり取りするときに用います。

図1●UWB位置特定システムの制御PCの画面表示
図1●UWB位置特定システムの制御PCの画面表示(図をクリックすると大きな図を表示します。)

システムの全体構成と利用イメージ

システム全体構成と利用イメージを図2に示します。屋内エリアにインフラとして配置した6台の固定局と、利用者がもつ移動局および目的地指示用移動局、そして、システム全体を制御するPCから構成されています。まず、制御PCは測距結果に基づいて利用者がもつ移動局と目的地指示用移動局の位置を示す2次元座標値をそれぞれ特定します。次に、上記2次元座標値の結果をリアルタイムに利用者の移動局に送り、さらに、Bluetooth経由でスマートフォンに転送します。スマートフォンでは、2次元座標値を使って利用者の位置と目的地の位置をスマートフォンの地図ソフトに表示します。そして、目的地に到達するまでの歩行方向と歩行距離を合成音声で案内します。利用者の移動に伴い、2次元座標値や地図ソフト上の位置表示、および音声案内の内容は随時更新されます。

なお、今回は目的地に移動局を配置しましたが、地図ソフトで目的地の位置データを設定できるよう改良すればその必要はありません。移動局は場所が固定されない物に設置する活用が考えられます。

図2●システムの利用イメージ
図2●システムの利用イメージ

スマートフォンの地図ソフトと合成音声

地図ソフトはAndroid 2.3を対象として開発しました。展示会の案内図などの画像を取り込み、展示物の紹介の動画を設定することができます(図3)。地図ソフトを立ち上げると、地図内に自分の現在位置を表示します。

「ナビ」ボタンで行きたい場所を設定すると、その場所までの方向と距離を音声で読み上げます。音声読み上げはAndroidの標準的なアプリケーション・インタフェースを用いて、ユーザーがインストールした合成音声ライブラリで音声読み上げできるように作成しています。

移動途中も「読み上げ」のボタンを押すことでいつでも目的地までの方向と距離を再確認することができます。方向は前後左右、斜め、またその間の方向は時計の数字になぞらえた通知が可能です(「2時の方向」など)。また、音声読み上げに加え、晴眼者の利用も考慮して画面上は自分の現在位置から目的の場所までアニメーション表示します(図4)。目的地に到着すると、サウンドと振動で到着したことを知らせ、設定した動画が自動的に再生されます。

図3●目的地の設定画面
図3●目的地の設定画面

図4●地図ソフトのナビ表示
図4●地図ソフトのナビ表示

まとめ

今回、UWB位置特定システムとスマートフォンの地図ソフトを組み合わせて自分の周囲にある目的地の距離と方向を通知し、目的地に到着するとその説明を自動再生するシステムを開発することができました。

視覚障がい者に音声案内するときに、進路上の障害物の有無の情報が重要だと考えられます。今後、進路上の障害物の検出と連携したシステムを構築することによって、視覚障がい者向けの支援分野の技術開発をさらに進めていきます。

また、この高精度の測位技術は、視覚障がい者に限定するものでなく、一般利用者向けの屋内案内サービスへの応用も期待できます。例えば、大きな自治体庁舎内や病院での案内・誘導といった、安心・安全の向上や、博物館・美術館・図書館・ショッピングモールなどでは、場所に応じたコンテンツを提供することで、楽しさや快適さにつながる総合的なサポートサービスへの応用などが考えられます。

李 還幇 李 還幇(Li Huan-Bang)
ワイヤレスネットワーク研究所 ディペンダブルワイヤレス研究室 主任研究員

大学院博士後期課程修了後、1994年、郵政省通信総合研究所(現NICT)入所。移動体衛星通信、UWB、およびボディエリアネットワーク(BAN)などの研究開発に従事。電気通信大学大学院情報システム学研究科客員教授。IEEE802.15 TG6副議長。博士(工学)。
三浦 龍 三浦 龍(みうら りゅう)
ワイヤレスネットワーク研究所 ディペンダブルワイヤレス研究室 室長

大学院修士課程修了後、1984年、郵政省電波研究所(現NICT)入所。移動体衛星通信、成層圏無線中継、車々間通信、ボディエリアネットワーク(BAN)、耐災害ワイヤレスネットワークなどの研究開発に従事。途中、株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR)等への出向を経て、現職。博士(工学)。
吉本 浩二 吉本 浩二(よしもと こうじ)
富士通株式会社 統合マーケティング本部 総合デザインセンター デザイナー

大学院修士課程修了後、2003年、富士通株式会社総合デザインセンター入社。ICTのユニバーサルデザイン/バリアフリー、ICTによる障害者支援技術開発業務に従事。
蔦谷 邦夫 蔦谷 邦夫(つたたに くにお)
富士通株式会社 統合マーケティング本部 総合デザインセンター シニアエキスパート(ユニバーサルデザイン担当)

大学院修士課程修了後、1980年、富士通株式会社入社。宣伝部を経て1999年より総合デザインセンター。現在はユニバーサルデザイン担当として主に外部のUD推進団体の活動に従事。
独立行政法人
情報通信研究機構
広報部 mail
Copyright(c)National Institute of Information and Communications Technology. All Rights Reserved.
NICT ホームページ 前のページ 次のページ 前のページ 次のページ