CRL NEWS
マルチメディア・バーチャル・ラボラトリー実証実験
青木 哲郎

 マルチメディア・バーチャル・ラボラトリーとは 

 全国各地に分散する様々な研究機関の間を高速通信ネットワークで結ぶことにより、離れた場所にいる研究者が観測装置、データベース、知識などを共有し、仮想的な研究所を作ります。そして、それぞれの研究能力を結集すれば、あたかも1つの研究所で研究開発しているように高度な共同研究環境が実現できるという考えがあります。これがいわゆるマルチメディア・バーチャル・ラボラトリー(MVL)です。CRLではMVLの構築に関する研究開発を平成9年度より開始してきており、MVL基礎技術として3次元空間共有通 信の研究、MVL応用技術として地球環境計測MVL及び超高層大気観測MVLの構築、時空計測(多地点大容量 データ共用・実時間処理)に関する研究を実施してきています。なお、マルチメディア・バーチャル・ラボラトリーの概念は、単なる研究開発にとどまらず、教育や医療、種々の情報通 信システム、さらには産業活動の新しい展開にも広範な応用が期待されるものです。
 地球環境計測部の私達のグループでは、地球環境計測装置の共有システム、使いやすい会議システムの開発を行い、地球環境計測MVLの構築実験を行っています。

 ライダーによるエアロゾル観測の意義 

 近年、地球温暖化やオゾン層破壊に関連してエアロゾル(大気中の微粒子)が注目を集めています。エアロゾルは直接的には太陽光を反射し温暖化を抑止するように働きますが、エアロゾルは雲の種になったり、その表面 での化学反応が大気中微量ガス分布に影響を及ぼす等の温暖化への間接的な効果 が有るので、地球上の様々な緯度の地点で継続的にエアロゾルを観測することは大気科学上、大変重要です。エアロゾルは気球観測などによって直接的に分布を求めることも可能ですが、観測のコストが高いため定常的に測定できるのはライダー(レーザーレーダー:レーザー光を電波の代わりに使って物質の分布を調べる観測装置)だけです。当研究所では国内外の研究機関と協力して北極域ユーレカ、アラスカ、北海道、中国、タイ、インド、インドネシアなど世界各地にライダーを設置してエアロゾルの観測を行っています。これらのライダーの稼働率を高めて質の高いデータを継続的に取得することは重要な課題です。

 ネットワークと地球環境計測技術の融合を目指して 

 日本でオゾン減少が大きく現れる北海道において継続的にライダー観測を行うために、CRLでは東北工業大学と共同で、1998年より道東の足寄郡の陸別 にライダーを設置しています。ここは一年を通じて晴天率が高く、冬期には日本で最も低温(マイナス30度)になる場所です。我々はこの場所を拠点にして、インターネットを通 じて遠隔制御のできる新しいライダー技術を開発しています。将来は各地のライダー観測ステーションへの技術展開、自動化観測ライダーネットワークの開発を目指しています。また、離れた場所にいる研究者をネットワークで結ぶことにより、お互いが自分の机の上でいつでも好きなときにビデオ会議、データの共有、共同作業などを行うことができるシステムも開発しました。この2つのシステムを有機的に組み合わせて使うことによって、離れた場所にいる研究者がまるで一つの仮想的な研究所にいるかのように、観測装置、データベース、知識などを共有できるわけです。これがいわゆるマルチメディア・バーチャル・ラボラトリー(MVL)です。図1に、ライダーネットワーク及びバーチャルラボラトリーの概念図を示します。

図1
▲図1 ライダーネットワークとバーチャルラボラトリー

 観測装置 

 表1に観測装置の概要、図2に観測装置の概念図と写真を示します。ライダーとは大気分子や微粒子からの弱い反射光を受信する装置なので、大きな口径の望遠鏡、弱い光を増幅して高速検出する装置などが必要となります。

 
表1
図2
▲表1 エアロゾルライダーの概要
▲図2 観測装置の概念図

 ライダー遠隔制御技術の開発 

 バーチャルラボの一つの側面である、“離れた研究機関を結んで一つの研究室として機能させる”という目的のためには遠隔地に設置したライダーをあたかも手元にあるように操作し、いながらにしてデータを取得することが必要です。陸別 には通信帯域512kbpsの回線を引き、観測装置を制御できるWeb Serverを開発して、カメラで常時監視しながら望遠鏡のドームを開閉したり、レーザーのオンオフ、光軸の調整などの今まででは人力を必要とする作業が遠隔地からできるようになりました。これは、成層圏までのエアロゾルを測れる高出力のレーザーを使ったライダーとしては国内外でも例をみない新しい試みであり、注目を集めています。遠隔観測は現地に設置した気象観測装置のデータや遠隔カメラからの監視映像を基に、基本的には晴れた日には毎日行っています。図3に遠隔観測の制御画面 を示します。

図3
▲図3 遠隔制御の様子


 マルチメディア会議システム 
我々が新たに開発したシステムは、各研究機関の研究者が自分の机を離れることなく、自分が普段使っている計算機上で資料を示したり、メモをとりながらディスカッションのできる卓上仮想研究システムです。ネットワークで共有している白板の上に表示できるのは相手の計算機にとりつけられたカメラがとらえた画像の他にも、プレインテキストやhtml形式の文書、jpeg, gifなどの一般的な形式の画像です。白板に張りつけられた情報は一つのオブジェクトとして共有されているため、ユーザは必要に応じてマウスやキーボードによってオブジェクトを自由に加工し、同じ画面 を見ながら協調作業を行うことができます。図4に実際の会議の様子を示します。

図4
▲図4 ネットワーク会議の様子

 現在、CRL(陸別、小金井)、東北工業大学(仙台)、福岡大学(福岡)との間で試験運営中です。更に名古屋大学(名古屋)、国立環境研(つくば)も加えて最大8人の研究者の間でのキャンペーン観測や定常的な研究打ち合わせを行って、ネットワークの必要帯域、遅延時間などの評価を行う予定です。また、極域でのオゾンホール生成メカニズムを調べるために、冬季にライダー、パーティクルカウンター、ミリ波分光計などを用いて大気観測を行い、取得したデータをオンラインで会議参加者が見ながら解析、議論を行うキャンペーン観測を計画しています。
 この試みが、ネットワーク時代の新しい研究スタイルを切り開き、世界の地球環境研究にインパクトを与えるものと期待されます。



(地球環境計測部 光計測研究室)

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