1981年電波研究所(現、情報通信研究機構)入所。超長基線電波干渉計の開発に従事した後、時空計測分野において、 複数の衛星レーザ測距システム(地上局)の開発を担当。通信と測距の深宇宙への展開をめざしています。
近年、低軌道や中軌道の多数の衛星を用いた世界規模の低軌道衛星(LEO: Low Earth Orbit)を利用した通信・測位・地球 監視等のサービスが複数計画され、実際の運用もなされています。第一世代のLEOサービスの中には、米国イリジウム システムのように約70個の人工衛星を高度700kmの軌道に配置して、携帯電話サービスを開始しましたが、人口密集地帯での 商用サービスでは地上の有線、無線ネットワークに対抗できず一般サービスを中止し、現状では安全保障、災害時、非人口 密集地域、海洋地域等の特定通信分野に限られた通信を行っています。しかし、衛星通信のグローバル性、拡張性、 耐災害性の特質が変化したわけではありません。そこで本郷リサーチセンターでは、これら衛星通信の特徴を活かした 「グローバルマルチメディア移動体衛星通信技術の研究開発プロジェクト」に取り組み、将来の衛星を用いた対地上、 対宇宙プラットホーム間の大容量通信の基盤となる要素技術を開発しています(図1)。
本プロジェクトではこれまで、次世代移動体衛星システムの基本概念の検討とフィージビリティスタディおよび要素技術の 検討を実施し、最適な衛星コンステレーションとして地上からの衛星可視率、最低仰角を考慮した結果、高度1,200km円軌道、 軌道傾斜角55度、軌道面数10、軌道面内衛星数12(計120個)の提案を行ってきました。 併せて、本プロジェクトで開発した主な要素技術には以下のようなものがあります。これらの中には、移動体衛星システム用 としてのみならず、広範な応用が期待される技術も含まれています。
本プロジェクトでは現在、これまで開発した要素技術の中から、特に重点課題として、衛星間光通信技術に焦点を絞り その実証をおこなうことを目指しています。光衛星間通信技術は図2に示すように、日本において1990年代技術試験衛星VI型や 光衛星OICETS実験衛星開発による技術蓄積を有しています。現状の光衛星間通信技術は、ヨーロッパにおける衛星SPO-4と ARTEMISの間で、LEO−静止衛星間の光データ中継プロジェクトが進行中で、2001年より50MbpsのLEO→静止衛星 方向の 通信に成功しています。わが国ではJAXA(宇宙航空研究機構:旧NASDA)がOICETS開発に着手し、LEO−静止衛星間の 双方向実験を計画しています。NICTが実現を目指している衛星間光通信技術は、これらの計画よりさらに小型 (OISETSミッション1/3重量比)で、高速(2.5Gbps)な伝送レートを持つ衛星ベースの光通信機の宇宙実証です。 今後、小型化、大容量化に向けた着実なステップを踏むことにより、将来のデータ中継衛星、深宇宙分野サイエンスや 地球観測分野、小型クラスター衛星のフォーメーションフライト、再構成可能な通信方式等の広い範囲で共通に使える 技術の確立に貢献できる見通しを持っています。
さらにNICTでは、三菱重工との共同研究を進め、Smart-Sat-1と呼ばれる150kg級の小型衛星を楕円軌道に打ち上げ、 衛星間光通信、軌道上保全システム、再構成可能通信機、宇宙天気観測実験の先行実証を行う計画です。そこで、 本プロジェクトの成果を発展させ、恒星、惑星を利用した光ビーコン補足追尾機能確認、光デバイス宇宙環境特性測定、 地上−衛星間光通信実験等に取り組み、衛星バスのインターフェース条件に適合する装置の基本設計、詳細設計を実施し、 光通信装置の構成機器として、レーザ光を光ファイバーに入出力するコリメータ搭載品、精密補足追尾のためのビーム 方向制御付小型ミラーの開発を行っています。
日本は、本プロジェクトが対象とするような多数の周回移動衛星を有機的に統合・連携した運用や、衛星間を光通信で 結んだグローバルな衛星システム構築に関する経験がほとんどありません。そうした意味でも本プロジェクトで培われ 蓄積される技術は、単に商用衛星通信の未来形として資するだけでなく、国家安全保障、地球環境計測、資源探査、 宇宙観測、宇宙データ中継等の諸分野の高度化で必要とされる技術としても有益なものと思われます。
今後、想定される衛星の打ち上げ計画の確定を待ち、世界で類のない小型で大伝送容量の装置を目指してエンジニアリング モデルの開発と搭載化のための試験とをNICT内各部門が連携して行う予定です。