1993年郵政省通信総合研究所(当時)に入所。 入所以来アラスカプロジェクトに従事。 専門は中層大気環境計測技術の開発。
NICTでは光と電波を用いた高度電磁波利用技術開発の一つとして、 リモートセンシングによる環境計測技術開発を行っています。 この一環として、北極域国際共同研究グループは、 米国アラスカ大学フェアバンクス校と共同で北極域における中層大気の計測技術開発をミッションとした 「アラスカプロジェクト」を1993年より展開してきました。 このプロジェクトは、米国アラスカ州フェアバンクス市から50kmほど離れた アラスカ大学ポーカーフラット実験場を中心に行われています。 現地は南極昭和基地に匹敵する高緯度(北緯65度)ながら近くに都市・国際空港があり、 厳冬期でも交通の便が良いこと、次世代インターネット実験が可能なインフラが整っていることなど、 世界に開かれた有利な実験条件を備えています。 また、アラスカ大学は古くからオーロラ観測を始めとする極域環境研究の伝統と実績を有しています。
本プロジェクトのミッションは計9種類のリモートセンシング機器を開発し、 対流圏から熱圏までの広い高度範囲の物理現象を観測することです。 これは飛行機が飛ぶ高さからスペースシャトルの飛ぶ高さまでを一気に測定できることを意味します。 図1に本プロジェクトで開発されたリモートセンシング機器と観測対象を示します。 これらは装置ごとに異なる測定高度・測定量をカバーし、 観測対象としてはオゾン層等の大気成分から気温・風・オーロラなど多岐にわたります。 観測の一例として、光のスペクトルを詳しく調べるためのリモートセンシング機器である 「赤外分光計(FTIR)」を用いた対流圏(高度約0−10km )中の汚染物質測定を挙げます。
図2は、FTIRによって観測された高度10km以下の一酸化炭素ガス(CO)量/単位面積の季節変化を示しています。 この図から2002年9〜12月にかけて明らかにその量が増大している様子(赤枠内の□印)がみてとれます。 次に、大気の流線解析という手法を用いたさらなる分析と、 同時期にシベリア地方で山火事が多かったという事実を併せて分析した結果を図3に示します。
これにより、シベリアの山火事が日本上空を経由しアラスカまで到達したことが、 このCO量増大の原因だという推測がなされました。
太陽活動が地球に与える影響を明らかにするというリモートセンシング機器も本プロジェクトで開発しています。 「ファブリペロー干渉計」は、オーロラの光を測定して高度100-250km の風速と温度を計測することができます。 この装置2台をアラスカ州ポーカーフラット実験場およびイーグル観測所の2地点に配置し、 日本から超高速インターネットを利用した遠隔操作で同時観測を行っています。 この観測結果と、オーロラの全天の広がりを計測する「全天イメージャ」の観測結果とを比較することにより、 アラスカ上空に細長く伸びるオーロラに沿った「超高層の風」分布が、 水平距離300kmはなれた2地点でもほぼ同様であることが世界で初めて観測されました(図4)。
これまで述べてきたリモートセンシング機器の開発と超高層物理現象の観測というミッションとは別に、 「高速の実験用ネットワーク回線を使用した大容量伝送実験」という側面をこのアラスカプロジェクトは有しています。 アラスカに配備されている多くの観測装置は自動運用・遠隔操作がなされ、 取得された大量のデータは自動的にNICT小金井本部に転送・処理・解析され、Web上で公開されています。 これらのデータネットワークシステムは、 SALMON(サーモン)と呼ばれ、 高速ネットワーク実験APAN(Asia Pacific Advanced Network)、 TransPAC等と協同して行われています。
複数種類のネットワーク接続・長距離通信によって、 環境情報の取得・実験現場からのデータ配信までリアルタイムで結んだ初めての 地球規模国際データネットワーク実験といえます。