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スペシャルトーク

新春対談 「ユニバーサルコミュニケーションの実現に向けて」 末松 安晴(国立情報学研究所 顧問):長尾  (独立行政法人 情報通信研究機構 理事長)

 第2期中期計画がスタートして、初めての新年を迎えます。
ICTがもたらす理想の未来像のひとつとして“ユニバーサルコミュニケーション”を掲げているNICTは、2007年をよりいっそう飛躍の年として考えています。
 新春にあたり、国立情報学研究所 顧問の末松安晴先生をお迎えし、長尾理事長と対談いただきました。
 ユニバーサルコミュニケーション実現のための提言、ヒントが随所にちりばめられています。
※以下、敬称略
長尾:  2004年に情報通信研究機構(NICT)が発足し、研究機能とファンディング機能を併せ持つ総合的な研究組織となりました。
 2006年は新しい5か年の中期計画がスタートした年で、“ユニバーサルコミュニケーション”という概念をICTがもたらす理想未来像として掲げ、豊かで便利な社会の実現に向けて取り組んできたわけです。
末松:  ユニバーサルコミュニケーションは、社会から要請されていることです。策定された中期計画を拝見しました。幅広い研究分野をカバーしつつ、目標と方向性が分かりやすくまとめられており、良くできている計画だと思いました。
長尾:  ありがとうございます。通信と放送の融合が加速する現在、今のインターネット環境を、新たな情報通信社会にも耐えるシステムへと変えていく必要があります。
安心・安全なICT社会
末松:
末松 安晴(すえまつ やすはる)国立情報学研究所 顧問
東京工業大学学長、産業技術融合領域研究所所長、高知工科大学学長等を歴任後、2001年4月から国立情報学研究所所長を経て(2005年3月まで)現職
 確かに高性能化が進み、ネットワークに接続されたコンピュータやテレビなどの製造コストが著しく下がって社会に急速に普及すれば、信頼性の高いネットワークが必要になります。現在のインターネットは必ずしも信頼性が高いものとは言い切れませんが、インターネットを用いた数多くの新しいビジネスが社会に登場しました。それだけに種々の混乱も生じています。いまや“ネットワーク”とは技術のみを指すのではなく、社会を支える基盤の1つとも言える訳ですから、きちんとしたルール整備が不可欠です。その点では、現在野放しになっている部分も多いと感じています。しかし反面、過剰な制限で社会全体のアクティビティを低下させる懸念もあるので、ネットワーク社会のコンセンサス作りが必要です。ぜひこの面でも、NICTにリーダーシップを取っていただきたいと思います。
長尾:  NICTでは、ネットワーク社会を発展させるとともに、健全な形でのサービスが維持できるように、ネットワークの“安心・安全”を支えるネットワーク・セキュリティセンターを設置して、研究に取り組んでいます。また、ネットワークを使って人々の安全を守るため、“大規模災害時の通信手段確保”にも力を注いでいます。例えば、こうした緊急対応技術のひとつに、アドホックネットワークがあります。複数のオートバイに搭載された無線機器が、最適なルートをつなぎながら最終目的地に情報を送るネットワークシステムです。最も身近な無線端末である携帯電話も、ネットワークと巧みに融合し、映像など多くの情報をやりとりすることが可能な時代になっています。
末松:  特に日本では、携帯電話がインターネットとつながり、非常に多機能なサービスが展開されていますね。こうした時代背景の中で、高齢者やハンディキャップを持つ方には負担の大きいボタン操作やキーボードを介さずとも簡単にアクセス出来る技術開発にも目を向けていただきたいと思います。
長尾:
長尾  (独立行政法人 情報通信研究機構 理事長)
長尾 真(独立行政法人 情報通信研究機構 理事長)
 安心・安全な社会を考える時、地球環境問題も避けて通れない大きな課題です。NICTの電磁波計測技術は、大気汚染の度合いを計測し、社会に注意を喚起する新しい試みをスタートさせました。
 地球環境に大きな影響を与える二酸化炭素や水蒸気などの計測技術と地球環境の保全に役立つ計測データの取得は、人と自然とのコミュニケーション、大きな意味でのユニバーサルコミュニケーションのひとつとも言えます。
末松:  いわゆるリモートセンシングですね。この技術は、地球をICTで守るということの具現化に欠かせません。民間企業等ではこうした基礎的な研究や、長い期間を必要とする研究にはコストをかけにくいので、どうしても国の研究機関や実用化支援に頼らざるを得ません。まさにNICTがやるべきミッションだと思います。
外部の英知活用や、地域との連携も
末松:  NICTは研究機関であると同時に“ファンディング機関”とのことでした。内部の力だけでなく外部の知見も積極的に取り込むことに注力されている印象を受けますが、その点はいかがですか?
長尾:
長尾 真(独立行政法人 情報通信研究機構 理事長)
 今年度から、幅広い見識をお持ちの“プログラムディレクター”をNICTに招いて、各研究プログラムで強いリーダーシップを発揮してもらっています。自らの研究はもちろんのこと、外部研究者とのコラボレーション、不足部分については委託研究の推進によって相乗効果を生み出すなど、その成果が出始めています。
 また、NICTは大学や地域と協力する“リサーチセンター”を全国各地に設けています。例えば、「仙台リサーチセンター」では、電子機器などから漏れ出す電磁波の対策を行うために高感度に電磁波を測定できる技術を研究していますが、そこでは、主に東北大学の先生方に協力いただいています。「九州リサーチセンター」では、インターネットの諸問題解決やその利用についての研究開発を行っています。
 各地のリサーチセンターが、その地域の大学などの協力により特色のある研究を進めています。このようにNICTは、さまざまな研究課題に取り組み、異なる分野の人たちをつなぎ、研究開発施設の提供やファンディングを通して、基礎研究から応用研究への橋渡しをしているのです。
末松:  NICTの組織概要を拝見すると、職員のほかにも多様な方々が働いているようですが?
長尾:  現状では定員枠の制約もあって、職員のみで全てできる訳ではありません。各専門分野で実績のある方に協力していただき、日本の情報通信技術力を上げていくことが大事だと思います。ポストドクターも積極的に採用しNICTの新しい活力になっていただいています。外国からも若い方に来ていただけるよう、旅費や滞在費をNICTが負担する研究環境も整えています。そうした総合力を結集し、日本のみならず、ICT分野における世界のCOEとして名実ともに認められるように努力していきたいと考えています。
言語の壁を越える
末松:  NICTでは、先の時代を視野に収めた研究もされていますが?
長尾:  おっしゃる通りです。例えば未来ICT研究センターなどでは、ナノ・バイオ技術、量子情報通信や暗号技術開発など、新しい視点からベーシックな研究を10〜15年スパンでとらえ取り組んでいます。
末松:  特に、情報通信の量子分野は、量子コンピューティングや暗号通信への利用だけではなく、新しい知恵、新しい科学技術を生み出す重要な分野ですね。長尾理事長がリーダーシップを発揮されている言語、機械翻訳についてはいかがですか?
長尾:  ユニバーサルコミュニケーションを実現するには、“言語の壁”の克服が重要な鍵になります。しかし、民間企業ではなかなかコストに合わない基礎的な部分ですので、出来るだけ早く翻訳システムを実用化して、社会に還元したいと考えています。まずは日英翻訳や日中翻訳を中心にスタートさせ、タイ語やアジアの他の言語にも拡げていくよう注力しています。
末松:  機械翻訳技術はずいぶんと進んできました。インターネット上の英文などは、多少問題はあるにせよ、それなりに翻訳されるようになったと感じています。
長尾:  そうした背景には、コンピュータの発達があげられます。複数のコンピュータを並列稼動させ、膨大な言語分析が可能となりました。まさにスーパーコンピュータ並みの性能です。日本語で5億文もの文章が1〜2日で解析できます。昔では考えられませんね。
末松:
末松
 コンピュータが発達すればするほど、ネットワークに対しても様々な要求が増えてくるといった相互関係にありますね。コンピュータとネットワークの融合で何でもできるからこそ、こうした分野の研究には選択と集中が必要になると思います。
 それともうひとつ、私は“ディスプレイの進展”にも注目しています。現在、総務省の統計によると、社会人のインターネット接触時間が1日37分、新聞は31分だそうで、完全にディスプレイ志向の時代です。自然界の姿をそのまま映像再現できるスーパーハイビジョンテレビも登場し、社会人のみならず子供たちがよりいっそう電子映像に囲まれて生活するようになります。こういった時代に、ディスプレイが提供する高精細な画像は、子供たちの成長過程において精神的にも肉体的にも良い効果をもたらします。平面だけではなく、立体画像もその同一線上にある研究です。そうなると大容量の信号伝送や、その効率化などNICTの研究開発がますます重要となりますね。
長尾:  NICTでは平成18年度からユニバーサルメディア研究センターを発足させ、「見る・聞く・触れる・香る」など、さまざまな感覚情報を活用して超臨場感環境を実現する研究を始めました。このセンターの中で、ディスプレイの高精細化とともに立体表示を目指しています。克服すべき技術課題は多いのですが、5年で目途をたて、10年後にはマーケット化をねらう戦略を考えています。
末松:  高精細と立体表示は、家庭だけでなくて企業活動でも必要な技術です。例えば、工場の製造プロセスでは作業効率と働く人の動きを考えた最適設計が必要で3次元表示はさまざまな場面で役立ちます。さらに3次元ディスプレイは、災害発生時などの緊急時にも役立ちます。
社会サービスや社会との連携が重要
末松:  旧電波研究所の時代から、NICTが管理・供給している「日本標準時」の社会貢献は非常に大きいと注目していました。“電波時計”が一般家庭にも普及したこともあり、標準電波を送信することの重要性が高まっています。さらに、国が定めた標準時をネットワーク社会に提供することも現代社会が求めている大切な業務です。時間精度だけではなく信頼性や安定運用なども絡み、本来はなかなか難しいことでしょう。NICTの日本標準時サービスは、国が行うべき仕事を適格に実現している社会サービスの代表例だと思っています。
長尾:  ありがとうございます。NICTは、時刻の提供というサービスだけではなく、さらにその精度を高めようと頑張っています。現時点のシステムは、10のマイナス15乗の精度を維持し海外標準機関と技術面で拮抗しています。何とかもう1ケタ精度を上げる努力や、新しい時代の時間標準システムの構築に向けても取り組みます。
末松:  さて、研究が先端的になればなるほど、基礎研究が重視されるとともに、様々な分野の人たちと交流し、意見交換し、議論を重ねるということが大切になってきます。言語や翻訳などもそうでしょう。自分達だけでやるのではなく、多くの人との連携が必要です。特に、ネットワークが社会を支える基盤となった今、ネットワークそのものが社会の進む方向性に大きく影響し、同時に、社会が新しいネットワークを求めています。繰り返しになりますが、ユーザー、法律家など、“社会の人たち”との連携が必要ですね。
10年後に「あっ!」という研究も大切にする
末松:  世の中の動き、通信の実績などを振り返ると、実は公的研究機関が果たした技術開発成果はかなり多いのです。時代背景や行政ニーズに沿ったこうした研究成果が現在の便利な社会を支えてきたと言えます。一方、以前米国の研究者との間で、“組織目標とは一線を画した研究者の自由な発想に基づく研究テーマ設定の重要性”を議論したことがあります。国の研究機関として、視野を広げた研究テーマの発掘や、場合によってはそうした研究の育成も大切だと思います。民間企業や大学ではやり遂げられず、長い目で見て将来役に立つと思われるテーマに立ち向かうこともNICTの重要なミッションのひとつと考えます。
長尾:
長尾
 確かにそうした点も重視していく必要を認識しています。国立の研究機関といいますと、ついミッションオリエンテッドになりがちで、与えられた使命を果たすために2年3年で成果が現れるような研究を求められる面もあります。
 それも大切ですが、10年先に「あっ」という成果が出るような研究も続けていかなければならないと思っています。
末松:  これからのNICTの発展をお祈りしています。
長尾:  長時間にわたり、大変貴重なアドバイスをいただきました。ありがとうございました。


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