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何もないテーブルの上に浮かぶ3D映像の作り方 -テーブル型メガネなし3DディスプレイfVisiOnの研究-ユニバーサルメディア研究センター 超臨場感システムグループ 専攻研究員 吉田 俊介

テーブルトップを介したコミュニケーション

NICTユニバーサルメディア研究センターでは、遠く離れた場所でもあたかもその場にいるような自然でリアルなコミュニケーションを実現するため、五感を統合した様々な情報提示技術を研究しています。特に視覚情報は五感の中でも多く用いられるため、高い臨場感を共有するためには、視覚情報をより自然な立体的な映像(3D映像)として提示する技術が不可欠となります。

コミュニケーションにはいろいろな形がありますが、この研究が対象としているのはテーブルの周りに集う人々のコミュニケーションです。テーブルの上(テーブルトップ)は様々な作業をみんなで共同して進めるのに適した空間です。書類や模型を並べる場所として使うことができますし、それらをみんなで共有して書き込んだり修正したりしながら議論を進めることができます。これをコンピュータで支援し、テーブルトップに表示されたディジタルな書類を扱えたり、3D映像の模型を修正できたりすれば、その場に集まった人同士だけでなく、データのやりとりで遠隔地間でもテーブルトップを介したコミュニケーションができるようになります。

テーブルトップに求められる3D映像

「fVisiOn(エフ・ビジョン)」と名付けたテーブル型3Dディスプレイの研究は、テーブルトップにて3D映像をみんなで自然に共有するためにはどのようにすればよいのかという新しい着想より生まれました。

図1●テーブル型メガネなし3Dディスプレイ「fVisiOn」上段:テーブルトップを介したコミュニケーションの例下段:試作したfVisiOnによる3D映像。中央にウサギの3D映像と、周りに折り鶴やペンなどが置かれたテーブルトップ

テーブルに置かれた模型がそうであるように、テーブルトップに表示された3D映像の模型は、いろいろな方向から観察すると違った見え方をしなければいけません。しかしながら一般的な3Dディスプレイの技術では、3D映像をテレビのように正面側の限られた範囲でしか観察することができませんでした。全周360°から観察可能な3Dディスプレイ技術も提案されていますが、それらはテーブルに置かれたガラスケースの中に表示するような仕組みであり、その表示装置がテーブルトップでの自由な作業を邪魔してしまうことが問題でした。また、より自然なコミュニケーションを達成するためには、特別なメガネをかけることなく、何人でも同時に3D映像を観察できることが望ましいと言えます。

fVisiOnで提案する方式では、何もない平らなテーブルの上に高さのある3D映像を浮かび上がらせて再生することができます。テーブルの周囲にいる人々は、特別なメガネを使うことなく、何人でも同時に周囲360°からそれぞれの視点に応じた3D映像を観察できます。テーブルトップには作業の邪魔となる表示装置が一切ないので、従来と同じように3D映像の脇で書類を交わしたり、模型を隣に置いたりもできます(図1)。

fVisiOnを実現する技術

現実世界の物体は、両目が左右に離れているので、それぞれの眼には少しずつ違う見え方で写ります。この見え方の差が立体を感じる要因のひとつです。fVisiOnでは、円状に並べた多数のプロジェクタを使って様々な方向へ向かう光線群を大量に作り出し、それらの進み方をうまく制御する光学素子を使うことによって、見る方向で見え方が変わる映像をテーブルトップに表示します。これにより、立体的な映像として両目で知覚することができます(図2)。

図2●fVisiOnにおける3D映像を再現する原理

・ 横から見た図のように、プロジェクタから投射された光線を、光学素子は垂直方向には拡散して、テーブルの周囲、斜め上方向の視点へ光を向ける。
・ 一方、光学素子は水平方向には光線を拡散させずにそのまま直進させる。
・ そのため、テーブルの周囲のある視点では、複数のプロジェクタから放たれた映像の一部(スリット状)がそれぞれ横に連なって1つの映像として観察される。
・ 別の視点では、それぞれ別の一部が連なった映像が見えるため、観察方向毎に異なる映像を見せることができる。
・ この原理によって、観察方向に応じたそれぞれ異なる見え方が再現されるので、両目で見たときに3D映像として知覚される。

fVisiOnの研究では、テーブルトップに適した(作業の邪魔にならない、斜め上からの観察に対応する、特別なメガネがいらない、みんなで使える)新しい3D映像の再生技術の考案に加え、それを実現するための技術開発に困難が伴いました。特に再生原理を実現する光学素子の作製が難しかったのですが、すり鉢状のアクリル円錐に糸状のレンズを巻くという工夫で、必要な光学的性能を得ることに成功しました。

現在の試作機では、テーブルトップから5cmほど飛び出した3D映像を周囲から観察できます。例えば、3D映像のウサギでは、頭側から見る人と尻尾側の人では見え方が異なり、テーブルに落ちた影もウサギの模型がそこあるかのように見え方が変わります。静止画だけではなく動画も再生可能で、実物の模型ではできない動きのある情報提示が可能であることもfVisiOnの利点のひとつです(図3)。

図3●fVisiOnで再生された3D映像の写真 上段:左からティーポット、おもちゃのアヒル、頭蓋骨 下段:3D映像のウサギと手前に置いた実物の折り鶴を異なる角度から撮影

今後の展望

試作機はまだ生まれたての状態であり、3D映像の品質は今後さらに改良を加えていきます。用意できたプロジェクタの数の制限(103台)から観察範囲も今は130°程度ですが、360°からの観察へ拡張可能なことは原理的に確認できました。3D映像の全周化は次の試作で試みたいと思います。

fVisiOnは従来からのテーブルトップ作業に親和性の高い3D映像技術です。これまでに述べたようなテーブルを介した議論や作業といった産業用途だけではなく、平面ではわかりにくい身体の構造を立体的に表現することで、お医者さんらの手術の事前検討や患者さんとのコミュニケーションなど医療の場面でも役立つでしょう。また、提案技術は斜め上からの観察に最適化されていますので、3D映像の地図を使った防災訓練や、交通管制などにも有効です。さらには、家族みんなで楽しめる3D映像のテーブルゲームや、将来的に大型化ができれば3D映像のサッカースタジアムといったエンタテインメントへの応用も広がります。

普段の生活で利用しているテーブルにさりげなく3D映像を加える、それがfVisiOnの目指す究極の形です。

吉田 俊介
吉田 俊介(よしだ しゅんすけ)
ユニバーサルメディア研究センター 超臨場感システムグループ 専攻研究員
大学院修了後、通信・放送機構(TAO)研究員、国際電気通信基礎技術研究所(ATR)研究員を経て、2006年よりNICT専攻研究員。VR技術の産業応用、立体映像メディアと提示技術に関する研究に従事。博士(学術)。
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