どこから生まれてくるのであろうか?このような意識に係る主観的感覚と神経活動とを結びつける科学的理論は確立していないので、還元論的手法でこの問題にアプローチするのは難しいことが予想される。文脈理解の能力の起源や原理を理解するために、情報の送り手であり受け手である人間の脳で行われる入力と出力(脳活動)との相関を捉えるのが一つの方法となるであろう。上述のように、視覚情報を中心に、脳情報のエンコーディング・デコーディング技術を開発してきたが、今後、聴覚や嗅覚、味覚の情報処理へと拡張していく。特に、視床を経由しないで大脳皮質・海馬・扁桃体へ情報を送り込む嗅覚の信号は、情動や記憶への働きかけがあると考えられ、研究開発の大きなポテンシャルがある。そして、これらのチャレンジから生まれる成果は、人々にとって、究極のコミュニケーションの実現や潜在能力の発揮を促すICTの実現へとつながり、人々が真の幸せや満足感を実感できる社会の創出につながると考えている。CiNet Brain構築の研究基盤となるのは、認知・感覚・運動に関する脳活動や脳構造を高度かつ多角的に計測・解析する大型精密計測機器による脳機能計測である。これまでのfMRI計測法(BOLD)の高精度化に加えて、BOLDとは異なるバイオマーカーを活用して、神経活動をより直接反映した脳血液量変化などの計測技術も開発対象になってきた。観測がむずかしい脳深部にある嗅覚機能などの評価技術の確立にも取り組み、嗅覚情報処理の解明への挑戦を始めている。また、生活空間の中での脳活動を計測するポータブルな計測装置を開発し、研究成果をいち早く社会へ還元する試みは社会への脳情報応用の実装につながりつつある。得られた解析データは、脳活動データ利活用のためのデータベースとして整備を進めており、これらはCiNetにおける脳機能研究の重要な基盤となっている。黄田、大塚の稿を参照されたい。また、人間、コンピュータ、モノをビッグデータで結び、人間のあらゆるコミュニケーションと活動のための社会的・サイバー的・物理的空間を提供する技術が現れる可能性がある。脳情報関連ビッグデータと行動関連ビッグデータを社会・サイバー・フィジカル空間で統合し、調和的な共生を実現するもので、脳情報通信融合研究は、このような試みを実現するためのキーとなる研究成果を提供できる。社会・サイバー・フィジカル空間における脳研究と応用を情報学的に実現し、脳情報ビッグデータ・サイクルを形成するが、このサイクルでは、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)、脳磁図(MEG)、脳波(EEG)、装着型マイクロ・ナノデバイスなどの高度な神経活動、イメージングによって得られる「脳ビッグデータ」を処理、解釈、統合していく。脳情報ビッグデータは、人間の思考、学習、意思決定、感情、記憶、社会行動に関する科学者の理解を深めるだけでなく、病気の治療、ヘルスケアと福祉にも役立ち、脳からヒントを得た知的技術の更なる開発を促進するものと期待できる[13]。脳情報を用いた情報処理モデルの社会展開西田の稿で詳細に紹介されているが、任意の映像入力から脳活動応答を予測する脳活動応答予測モデル及び自己回帰モデルと、予測脳活動応答から映像に紐付いた認知・行動ラベルを推定する解読モデルから構成される脳情報処理シミュレータがCiNet Brainとして構築されている。映像を入力した際のディープニューラルネットワーク(DNN)の中間層活性化パターンと、同映像に対する脳活動応答の間の線形関係を統計的に学習することによって脳活動応答予測モデルを構築する。また自己回帰モデルは、脳活動応答の時間的相関関係を考慮して、時間的に先行する脳活動応答から現在の脳活動応答を予測する。このモデルも計測脳活動から統計的に学習し、脳活動応答予測モデルによって算出された予測脳応答の更新を行う。この自己回帰モデルの導入により、脳活動応答予測の精度が向上する。そして、一度これら2つのモデルが構築できれば、実験協力者による追加の脳機能計測なしに、任意の映像入力からの脳活動応答を予測することが可能になる。次に、映像入力に対する予測脳活動応答を用いて、同じ映像に対応した認知・行動のラベルを推定する解読モデルを構築する。映像に対して予測した脳活動応答と、同じ映像に付与されたラベルの間の線形関係を統計的に学習することによって解読モデルは構築される。このモデルの利点は、訓練時及び訓練後のいずれにおいても実験協力者による脳活動計測を必要しないことである。訓練が完了した脳活動応答予測モデルと自己回帰モデル、さらに解読モデルを連結することにより、映像入力から脳情報を介して人間の認知や行動を推定する脳情報処理シミュレータが構築できる。このシミュレータはCiNet Brainとしてコマーシャルフィルムの感性評価に商用利用されている[12]。脳情報解析に基づいた人間のパフォーマンス向上 超高齢化社会の日本では、健康寿命に影響する手足・身体の運動機能維持が喫緊の課題である。各個人の運動機能の評価・改善のために、個人の医用画像や生体信号に基づいてデジタル的に再構築するエミュレータ(デジタルツイン)の構築と、それを用いた行動346 情報通信研究機構研究報告 Vol.68 No.1 (2022)2 人間の脳機能に倣った新たな情報通信技術の開発プロジェクト(CiNet Brain)
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