号化モデルを用いた研究フレームワークについて解説する。続いて、その研究成果として、3では脳内で表現される情報マップ(脳情報マップ)の可視化について、4では脳活動から認知内容を読み取る脳解読技術について、5では計算機上に脳情報処理を再現する人工脳の技術について紹介する。最後に6でまとめと今後の展望について述べる。脳情報処理を数理モデル化する研究 フレームワーク 目や耳のような感覚受容器から入力された外界の感覚情報は、生理的電気信号として脳内ネットワークを伝達する過程で、逐次的に情報の変換がなされ、最終的に認知や行動として出力される。脳情報処理とは、脳内で感覚入力が認知内容へと変換される一連の情報変換の過程だとみなせる。したがって、この情報変換の過程を定量化することが、脳情報処理の理解につながる。ただし、この変換過程は直接観測できないため、定量化は容易でない。ただし、脳内の情報は、その符号化信号である脳活動として間接的に観測できる。そのため、感覚入力と脳活動、脳活動と認知内容の対応関係を知ることで、脳情報処理に対する理解が得られる。従来の脳神経科学研究においても、この考えに基づいて感覚入力–脳活動–認知内容の相関関係を分析することに主眼が置かれてきた。しかし、日常的な感覚入力に近い自然刺激の脳情報処理では、この対応関係が非常に複雑かつ非線形的なため、関係を容易に分析できない。この困難を乗り越えるための分析手法が、図1に示す符号化・復号化モデルを用いた数理モデル化フレームワークである[5]。このフレームワークでは、外界の感覚入力が脳活動へ変換される過程を符号化モデル、脳活動が認知内容へ変換される過程を復号化モデルで模倣する。符号化モデルは感覚入力から脳活動を予測し、復号化モデルは脳活動から認知内容を予測する。予測の精度が高いほど、モデルが脳情報処理をうまく模倣しているといえるため、そのときの符号化・復号化モデルを脳情報処理の定量化モデルとみなす。この数理モデル化フレームワークの利点は、自然刺激下では非線形性が強い感覚入力–脳活動–認知内容の対応関係を、適切な特徴空間を導入することで線形に近づける点である。その結果、対応関係の推定は線形回帰などの単純な機械学習の問題に落とし込める。特徴空間は任意であり、利用する特徴空間に依存して脳情報処理の異なる側面をモデル化できる。例えば、方位や動きのような視覚情報の特徴空間を用いたモデルは視覚情報処理を捉える[6][7]。周波数や音韻のような聴覚情報の特徴空間を用いたモデルは聴覚情報処理を捉える[8]。言語情報の特徴空間を用いたモデルは意味情報処理を捉える[9][10]。つまり、脳内情報処理のどのような側面を定量化したいかによって、特徴空間を使い分ければ良い。また、深層ニューラルネットや自然言語処理技術など、工学分野で開発されたモデルの特徴空間を援用し、視聴覚情報処理や意味情報処理の符号化・復号化モデルを構築することもできる[11]–[17]。脳情報マップの可視化符号化モデルは、自然な感覚入力の様々な側面を特徴量化した情報から脳活動への変換過程を定量化する。そのため、符号化モデルを分析することで、その特徴情報が脳内のどのような部位で、どのような関係性をもって表現されているかを明示する脳情報マップを可視化できる。符号化モデルを用いて自然刺激の脳情報処理を調べた従来研究では、方位や動き、奥行きのよ23図1 脳情報処理の数理モデル化フレームワーク12 情報通信研究機構研究報告 Vol.68 No.1 (2022)3 ICTの最適化のための脳情報通信技術
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