おける個人差の反映について厳密な検証を行った[31]。この検証では、広告映像に対する多様な認知ラベル(全87種類)を、個人脳から構築した脳情報処理シミュレータで推定した。また、個人から計測した脳活動に脳解読を適用して個人ごとに認知ラベルを推定し、その推定結果を実際の脳情報処理から生じた認知内容とみなした。そして図9に示すように、脳情報処理シミュレータによる推定結果の個人差と、脳解読による推定結果の個人差を、個人ペア間の非類似度で算出し、それら非類似度の一貫性を相関分析により評価した。図10に代表的な認知ラベルとして映像の意味内容を推定した際の、脳情報処理シミュレータと脳解読の個人ペア間非類似度の関係を示す。図中の各点は各個人ペアの非類似度に対応する。個人ペア感非類似度は、脳情報処理シミュレータと脳解読の間で強い相関関係が見られた(スピアマン相関係数で0.74)。さらに全87個の認知ラベルのうち、実に81個の認知ラベルで統計学的に有意な相関関係が確認でき、脳情報処理シミュレータは脳情報処理の個人差を十分に再現できることが示唆された。まとめと将来の展望本稿では、日常的な認知に関わる脳情報処理の理解とその応用を試みる一連の研究について紹介した。符号化・復号化モデルのフレームワークは、そのような脳情報処理を定量化するために有効である。我々のグループは、符号化モデルを用いて意味認知を反映する脳内意味マップの可視化を行った。また、復号化モデルを用いて単語や文の形で意味認知内容を読み取る脳解読技術を開発した。さらに、符号化・復号化モデルを基に、個人の脳情報処理を計算機上で再現する脳情報処理シミュレータを開発した。日常的な認知に関わる脳情報処理の解明及び再現は、日常生活で利用できる脳情報技術の実現に重要な寄与をもたらす。今後、更に脳情報処理に対する探究を進めながら、その成果を応用した脳情報技術の社会実装にも力を入れていきたい。特に、脳情報処理の個人差に関しては更なる理解を目指す。日常環境の複雑な感覚情報が生み出す認知は個人によるばらつきが大きく、そのばらつきは脳情報処理の個人差から生み出されているといえる。我々のグループは、日常的な脳情報処理の個人差について、それを生み出す遺伝的要因の探究[32]や、個人差を定量化する技術[33][34]について研究を進めている。また日常的な認知において、個々人の詳細な認知内容を言語報告により取得する手法の開発にも取り組んでいる[35][36]。これらの研究が発展すれば、脳情報処理の個人差に関する理解が深まるとともに、得られた知見を脳情報処理シミュレータに組み込めば、個人の脳情報処理を再現する能力の更なる向上が期待できる。そのような脳情報処理における個人差の理解と再現は、一人ひとりの個性が尊重される現代及び未来の社会にとって欠かせないものだといえる。我々のグループでは現在までの研究で、主に視聴覚情報の脳内処理について探究を重ねてきた。しかし日常環境では、視聴覚情報以外にも嗅覚や味覚などの五感情報や、言語情報など他のモダリティの情報も同時に扱いながら、人間は脳情報処理を柔軟にこなしている。そのようなマルチモーダル情報の脳内処理を理解することも、日常的な認知に関わる脳情報処理の解明における重要な要素となるだろう。また、マルチモーダル情報を包括的に扱う脳情報処理シミュレータの開発にもつながる。その結果、個人差を含めて脳情報処理の再現性が高まり、より人間の脳に近い人工脳が生み出されるかもしれない。そのような人工脳は、人間中心の豊かな未来情報社会の実現に大きな前進をもたらす画期的な脳情報技術になるといえる。参考文献】【1L. Carelli, F. Solca, A. Faini, P. Meriggi, D. Sangalli, P. Cipresso, G. Riva, N. Ticozzi, A. Ciammola, V. Silani, and B. Poletti, “Brain-Computer In-terface for Clinical Purposes: Cognitive Assessment and Rehabilitation,” Biomed Res. Int., vol.2017, p.1695290, Aug. 2017.2S. Saha, K. A. Mamun, K. Ahmed, R. Mostafa, G. R. Naik, S. Darvishi, A. H. Khandoker, and M. Baumert, “Progress in Brain Computer Inter-face: Challenges and Opportunities,” Front. Syst. Neurosci., vol.15, p.578875, Feb. 2021.3H. Plassmann, V. Venkatraman, S. Huettel, and C. Yoon, “Consumer Neuroscience: Applications, Challenges, and Possible Solutions,” J. Mark. Res., vol.52, no.4, pp.427–435, Aug. 2015.4L. He, T. Freudenreich, W. Yu, M. Pelowski, and T. Liu, “Methodological structure for future consumer neuroscience research,” Psychol. Mark., vol.38, no.8, pp.1161–1181, Aug. 2021.5T. Naselaris, K. N. Kay, S. Nishimoto, and J. L. Gallant, “Encoding and decoding in fMRI,” Neuroimage, vol.56, no.2, pp.400–410, May 2011.6K. N. Kay, T. Naselaris, R. J. Prenger, and J. L. Gallant, “Identifying natural images from human brain activity,” Nature, vol.452, no.7185, pp.352–355, March 2008.7S. Nishimoto, A. T. Vu, T. Naselaris, Y. Benjamini, B. Yu, and J. L. Gallant, “Reconstructing visual experiences from brain activity evoked by natu-ral movies,” Curr. Biol., vol.21, no.19, pp.1641–1646, Oct. 2011.8W. A. de Heer, A. G. Huth, T. L. Griffiths, J. L. Gallant, and F. E. Theunissen, “The hierarchical cortical organization of human speech processing,” Journal of Neuroscience, vol.37, no.27, pp.6539–6557, 2017.9A. G. Huth, S. Nishimoto, A. T. Vu, and J. L. Gallant, “A continuous semantic space describes the representation of thousands of object and action categories across the human brain,” Neuron, vol.76, no.6, pp.1210–1224, Dec. 2012.10A. G. Huth, W. A. de Heer, T. L. Griffiths, F. E. Theunissen, Gallant, Jack, and L, “Natural speech reveals the semantic maps that tile human cerebral cortex,” Nature, vol.532, no.7600, pp.453–458, 2016.11D. E. Stansbury, T. Naselaris, and J. L. Gallant, “Natural scene statistics account for the representation of scene categories in human visual cortex,” Neuron, vol.79, no.5, pp.1025–1034, Sept. 2013.12U. Güçlü and M. A. J. van Gerven, “Deep Neural Networks Reveal a Gradient in the Complexity of Neural Representations across the Ventral Stream,” Journal of Neuroscience, vol.35, no.27, pp.10005–10014, July 2015.618 情報通信研究機構研究報告 Vol.68 No.1 (2022)3 ICTの最適化のための脳情報通信技術
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