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科学が答え始めたのは実は驚くほど最近のことである。当初は、「自分の取り分を増やしたいと活動する古い脳(皮質下)の働きを、理性的な新しい脳(前頭前野)が抑制することで協力が生じる」とする説が支配的であった。実際、前頭前野が協力行動に関わるという報告も数多くある。一方で、私たちは、皮質下の脳構造も大脳皮質とともに協力行動に寄与することを報告してきた[1]。ここでは、“不平等”とともに、その重要性が指摘される“罪悪感”に着目して我々が行ってきた研究を紹介し、社会脳における前頭前野と皮質下領域の機能について考える。不平等は文字通り、自分と相手の取り分の差である。不平等を減らす行動を選ぶことを、不平等回避と呼ぶ。一方、罪悪感は、自分の行動が相手をがっかりさせる程度を示す。具体的には、相手の期待と自分の行動から生じる結果の差で定義される。つまり、罪悪感は、自分の行動に対する相手や社会の反応を先読みする能力であり、人間に固有の巨大な社会の形成やコミュニケーション能力の進化に大きな意味を持ってきたと考えられている。罪悪感を減らす行動を選ぶことを、罪悪感回避と呼び、2006年に経済学の分野に導入された概念である[2]。我々は、信頼ゲームと呼ぶ新しい課題を考案し、不平等回避と罪悪感回避の脳内基盤を同定するためのfMRI実験を行った(図2)[3]。信頼ゲームは、2名のプレイヤーA、Bがペアとなって行い、まずプレイヤーAがゲームへの参加・不参加かを決定し、次にプレイヤーBが協力するかしないかを決定する。プレイヤーA、Bは、選択肢に応じて異なるお金を受け取る。なお、参加を選ぶプレイヤーAには、プレイヤーBが協力するかどうかの期待確率を0-100%の間、10%刻みで答えてもらう。つまり、プレイヤーBは、協力する場合としない場合のA、Bの配分額と、Aによる期待確率を知った上で行動を決める(図2)。実験参加者には期間を置いて、A、B両方の役割を行ってもらった。まずは、参加を希望するプレイヤーAにプレイヤーBに対する協力の期待確率を答えてもらった数日(平均8日)後に、今度は、fMRI装置の中でプレイヤーBとして協力・非協力を選択することを、毎回異なるプレイヤーAを相手に45回行ってもらった。信頼ゲームでは、Aへの配分額を、Bが協力する時が最も多く、次に、Aが参加しない時、Bが協力しない時の順になるよう設定した。一方、Bへの配分額を、協力しない時が最も多く、次に、協力する時、Aが参加しない時の順になるよう設定した。Aが参加を選択する場合、Bに協力について信頼を寄せることとなり、また、Bは、非協力を選択する時、信頼を裏切り、高い配分を受けるので“罪悪感”を感じる。これらの配分額を試行ごとに適切に設定することで、fMRI実験中にプレイヤーB(つまり実験参加者)が感じる“不平等”と“罪悪感”の程度を別々に操作することが可能となる。図2に示した試行では、B、すなわち実験参加者が協力した時のAとBの取り分はそれぞれ800円と650円、Bが非協力を選択した時のAとBの取り分はそれぞれ200円と910円である。このとき、Bが感じる “不平等”は、A、Bの取り分の差の絶対値から算出でき、協力する時800-650=150円、非協力の時は910-200=710円である。一方、AがBに対して80%を期待した時、Bの協力時のAが期待する取り分は800円の80%すなわち640円分と200円の20%すなわち40円を足した680円で、したがってBの非協力時にBが感じる“罪悪感”は、Aの期待(680円)から非協力時のAの取り分200円を引いた480円になると考えられる。図3は、45回の各試行で、自分の報酬、罪悪感、不平等について協力の場合から非協力の場合を引いた値を横軸に、その試行で協力を選んだプレイヤーBの割合を縦軸に示す。この図から不平等と罪悪感が自分の報酬額と同じように協力行動の選択に大きく影響する図2 信頼ゲームで実験参加者が見る画面図3自分の報酬、罪悪感、不平等(横軸)とその条件での協力者の割合(縦軸)22   情報通信研究機構研究報告 Vol.68 No.1 (2022)3 ICTの最適化のための脳情報通信技術

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