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ことが確認でき、人間の社会的意思決定において不平等と罪悪感が持つ重要性を示唆している。こうして試行ごとに計算した罪悪感と不平等の値を用い、脳の中で罪悪感と不平等と相関する活動を示す部位を探索した(図4a)。その結果、右背外側前頭前野が罪悪感と、扁桃体と側坐核が不平等と相関する脳活動を示した。これらの結果は同じ協力行動を生む動機であっても、罪悪感回避と不平等回避では関与する神経ネットワークが異なることを示す。相手の意図とがっかり度を推定する罪悪感回避では、より認知的な前頭前野が強く関与すると解釈できる。ここまでの結果は罪悪感回避/不平等回避と脳活動の相関関係を示すが、必ずしも右背外側前頭前野が罪悪感回避を生むことは意味しない。そこで、経頭蓋直流電流刺激とよばれる大脳皮質に乾電池程度の直流電流を流す手法を用いて右背外側前頭前野の脳活動を修飾する実験を行った(図4b)。その結果、直流電流刺激を行った条件では、電極を頭皮に装着しただけの比較条件と比べ、罪悪感回避が有意に上昇した。一方で、不平等回避は変化しなかった。この結果は右背外側前頭前野が罪悪感回避にのみ因果的に関与することを示す。現在の社会ではジェンダーに係る課題が顕在化していて、社会脳の働きや行動選択に影響している可能性がある。実際の社会を分析する上でそのようなジェンダー差の定量化が役立つであろう。実際、多くの先行研究が不平等回避にジェンダー差があることを報告している[4]。多くの文化において、平均的には女性の方が男性より不平等回避の傾向が強いというのである。それでは、不平等回避に見られ女性優位は協力行動全般に成り立つのだろうか、それとも不平等回避に特有なのであろうか。このような問いに答えるには大量の行動データを収集できるオンライン行動実験が適している。我々は、信頼ゲームを用いて不平等回避と罪悪感回避のジェンダー差を調べた。最初に52名の実験参加者(男性26名、女性26名)によるfMRI実験を、次に4043名の実験参加者によるオンライン行動実験を実施した[5]。その結果、不平等回避については、fMRI実験とオンライン行動実験の両方で、平均的には女性の方が男性より高く、先行研究を支持する結果であった。一方、罪悪感回避では平均的に男性の方が女性より高かった。これらの結果は、女性が男性より一概に協力傾向が高いわけではなく、ジェンダー差はそれぞれの動機に応じて異なる可能性を示唆する。加えて、韓国、英国といった文化や社会構造が異なる国々から実験参加者を募り、同様に信頼ゲームを用いたオンライン行動実験を行った。日本と同様の結果を得たが、詳細は原著論文を参照されたい[5][6]。そのほかにも、ジェンダー差がどのようなパーソナリティの違いから生じるのか等を明らかにすることができるオンライン実験の有効性は高まっており、今後ますます活用が進むであろう。扁桃体の不平等に対する活動パターンから将来のうつ病傾向を予測    いくつかのコホート研究(人々の質問票や行動を追跡調査する研究)で、経済的な不平等とうつ病症状の相関関係が示されてきた。この知見から、我々は不平等に対する扁桃体の脳活動パターンから現在と将来のうつ病傾向を予測できないかと考え、実験を行った[7]。実験課題(最終提案ゲーム)では、最初に提案者がお金の分配を提案し(例えば提案者自身に269円、返答者に232円)(図5a)、次に返答者がその提案を受入れるか拒否するか決定する。返答者が受け入れればお金は提案通りに分配され、拒否すればどちらの取り分も0円となる。もし自分の取り分をできるだけ多くすることを考えるなら、どんな提案でも受入れる方が有利であるが、実験参加者は取り分が20%より少ない不平等な条件では拒否することが多くなる。提案が示される段階での不平等に対する脳活動を調べたところ、先行研究と同様に扁桃体の活動が見られた(図5b)。実験参加者にはこのfMRI実験の同時期と1年後の2回、Beck Depression Inventory II (BDI)といううつ病傾向テストを受けてもらった。取得したfMRIデータの扁桃体と海馬のデータに不平等に対する脳活動パターンからうつ病傾向を予測する機械学習手法を適用した。その結果、現在と1年後のうつ病傾向を予測できることを見いだした(図5c)。不平等とうつ病傾向をつなぐこの知見は、不平等が人3図4 fMRIの結果と経頭蓋直流電流刺激の結果233-2 社会行動を支える脳情報処理の理解と応用 –社会脳–

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