経路の間に3D物体を処理するための情報連絡が存在すること、が示されてきている。では、背側と腹側のそれぞれの視覚野で処理された情報は、どこでどのように統合されるのだろうか。脳のどこかに3D物体の全ての情報を集約・統合した「3D表象」を担う領野が存在するのだろうか?そもそもなぜ、3D物体同定に関わる多くの機能分化した視覚野が存在するのか?これらの問いに答えるため、我々のグループでは3D物体に対する背側・腹側経路の複数の視覚野の活動を精緻に計測するいくつかのfMRI実験を遂行した。また、3D処理経路が様々な文脈にどのような影響を受けるのかを調べるfMRI実験や、安全で快適(酔わない)な3D視聴環境の手掛かりを得るための研究を進めた。本論文ではこれらの研究のいくつかを紹介するとともに、その将来の応用可能性について論じたい。3D視覚機能分化の謎に進化から迫る種間比較fMRI研究 人間の3D知覚の特性を理解し、立体視にはなぜ腹側・背側に分かれた複数の視覚野の働きが必要なのかを明らかにするためには、3D視が可能な人間に近い霊長類の脳と人間の脳との比較が有効である。本実験では、筆者らが開発した視覚刺激と実験パラダイム[1][2]を利用し、2つの3D手掛かりを統合する際のサルと人間の脳活動の類似・差違を調べるfMRI実験を行った。我々人間がモノを立体に見る際には様々な手掛かりを利用している。このうち、両眼視差手掛かり(左右眼像のズレ)が最も強力で有効な手掛かりであると言われているが、実際には人間は両眼視差が利用できないような場合でも、運動、陰影、傾き、模様などの勾配、遮蔽、視対象のサイズの違い、知識、なども有効に利用して即座に豊かな立体構造を把握することができる。では、両眼視差手掛かりとそれ以外の奥行き手掛かりは、脳のどの部位でどのように統合されるのだろうか。番らは、この疑問に答えるために複数のfMRI脳機能イメージング実験を遂行してきた[1]-[4]。これらの研究では、単一あるいは2つの奥行き手掛かりを付与したランダム・ドット・ステレオグラム刺激に対するfMRI脳活動を計測した。例えば、Ban et al., 2012 Nat Neurosci [1]では、ランダム・ドット・ステレオグラム(図3参照)刺激と運動視差手掛かり(例えば、電車の窓から外の風景をみたとき、近くにみえる物体と遠くにみえる物体が遠のく速度が異なり、その違いから奥行きが知覚されることを思い起こしていただきたい)を組み合わせ、様々な実験条件を用意し、それらの条件に対する脳活動の比較を行った。特に、両眼視差のみ、あるいは運動視差のみの単一の手掛かり刺激に対するデコーディング成績と2つの手掛かりが同時に呈示された場合の成績をモデルに当てはめることで、2つの異なる立体視の手掛かりが「融合」されている脳部位の同定を試みた。その結果、解析対象とした10以上の視覚野のうち、背側視覚野V3B/KOにおいてのみ、2つの手掛かりが統合されていることを突き止めた[1]–[4]。しかしながら、サルの電気生理学的研究では、従来、奥行き手掛かりはMT野やその周辺の主に運動手掛かりを処理する領域によって統合されていることが報告されている[5]。さらに、V3B/KOは霊長類に共通して同定されておらず、人間でのみ報告されている視覚野である。では、人間とサルとで立体視手掛かりを統合する部位が異なるのは、fMRI脳機能イメージングと電気生理学的計測法の研究手法の違いを反映した結果であろうか、あるいは種の違い、すなわち進化を反映したものであろうか。この謎を解明するため、研究代表者はベルギーKU Leuven、ケンブリッジ大、ハーバード大の研究者らと共同fMRI研究を実施した。具体的には、上に挙げた既に発表済みの人間のfMRI研2図1異なる奥行き手掛かり同士の汎化度合いを示した図人間ではV3B/KO 野であったが、サルではMT 野でのみ、奥行き手掛かりの統合が確認された。上の図では、V3d などの関与も示唆されたが、他の解析も含め、4つの検証基準を全てクリアしたのはMT 野のみであった。34 情報通信研究機構研究報告 Vol.68 No.1 (2022)3 ICTの最適化のための脳情報通信技術
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