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まえがき近年、様々な計算機器・計測機器の発達により、世界中で、脳の研究が飛躍的に発展してきている。生物学、医学分野でのみならず、情報通信研究の分野においても脳の研究は注目されている。情報科学・情報通信研究分野で開発されてきた機械学習的な手法が脳活動の解析に活発に利用されはじめてきているが、単にそれらの手法の適応対象として脳研究が情報通信研究にとって重要なわけではない。脳における情報処理様式を理解することが、情報通信分野へ大きく貢献すると考えられるからである。その理由として、下記の2点が挙げられる。1点目は、脳の情報処理の効率性である。脳はノイズまみれの、限られた、かつ冗長なリソースから適応的で、極めてエネルギー効率の高い情報処理を実現している。つまり、その仕組みを明らかにすることは、いまだ提案されていない新規で効率的な情報通信様式を考案するためのアイディアの源泉となる。実際、多層のニューラルネットワークであるディープラーニングは、脳の視覚情報処理の階層性から着想を得ている[1]。2点目は、人間が扱いやすい情報操作法の開発につなげるためである。情報通信の始点・終点の両端には必ず「人間」がいる。その人間が直感的に情報を知覚し、操作できなければ、全体としての通信効率性は落ちる。つまり「効率的な情報通信」を追求するとき、人間にとって情報の利用しやすさというものも「効率性」の中に包含される。ゆえに、情報通信様式そのものの開発のみならず、発信者・受信者が扱いやすい形で情報を提供するための(「脳に優しい」)情報環境の構築が重要となる。その環境デザイン指針として、一般原理原則としての人間の脳における入出力情報の処理様式を知ることが重要になるのである。本稿では、後者の視点にたって、これまで私たちが明らかにしてきた脳が感覚情報を処理する際の特性の一部を紹介する。具体的には、脳は感覚入力を常に同じように処理しているわけではなく、その情報に対する働きかけ方(運動出力の状態)に依存して、処理様式1効率的な情報通信の開発には、情報通信様式そのものの開発のみならず、発信者・受信者が扱いやすい形で情報を提供するための情報環境の構築が重要である。そのためには、一般原理原則としての人間の脳における入出力情報の処理様式を知ることは必須である。古典的な考え方では、環境から得られる感覚情報の処理と、それを利用した運動の出力は直列的につながっており、それぞれ独立なプロセスであると考えられてきた。しかし近年、私たちの研究を含む多くの研究が、感覚情報処理が運動出力処理の状況に依存して変化することを示してきている。本稿では、(運動)出力状態に依存する感覚情報処理について、私たちの研究の一部を紹介する。For the development of efficient information and communication technologies, it is important not only to focus on the information and communication technologies themselves, but also to create an information environment that provides information in a form that is easy for the sender and receiver to handle. To this end, it is essential to understand the general principle regarding how the human brain processes the sensory input and generates the output motor command. In the classical view, sensory information processing and the generation process of output action are serially connected, thus, have been considered to be independent processes. In recent years, however, a number of studies, including ours, have shown that sensory information processing depends on the context of motor output processing. In this paper, we present some of our research on (motor) output state-dependent sensory information processing.3-5 身体運動の状態に依存した知覚情報処理3-5Perceptual Processing Based on the Motoric State of the Body羽倉 信宏HAGURA Nobuhiro393 ICTの最適化のための脳情報通信技術

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