研究課題であるが、このような不十分な抑制機能は、子供や高齢者の脳の情報処理過程に影響していることは間違いない。左右運動野の半球間抑制の機能的意義若年成人が、単純な右手の感覚運動課題を行う際の脳活動をfMRIで計測すると、同側(右)運動野で負のBOLD信号を計測することができる[22]–[24]。この信号は、主に半球間抑制機構を介した同側運動野の抑制を反映することが示されている[25][26]。古くより、左右の運動野間には脳梁とよばれる神経線維を介した半球間抑制機構が存在することが知られている[27]–[30]。一般に、右利き健常人では、右手の運動は「主に」左運動野で制御され、左手の運動は「主に」右運動野で制御されている。左右運動野間の半球間抑制機構は、例えば右手の運動を行っている最中に、意図しない左手の運動が起きないように、右運動野を抑制するための神経機構といえる。この半球間抑制機能は小学生から中学生にかけての思春期に成熟し[12][13][31]、高齢化とともに低下する[13]。若年成人において、特定の課題をしていない安静状態で脳活動を計測し、脳内の機能結合を解析すると、脳の領域によって、左右半球間の機能結合が、半球内の他の領域との機能結合よりも強い脳領域があることがわかる[32]。この代表的な例が運動野である。つまり、脳の領野の中でも、運動野のデフォルトの状態は、左右の運動野が連動して機能しやすい状態である。右手でグー、パーを繰り返し、同時に左手でパー、グーを繰り返す運動をできるだけ早く行うと、左右の手で同じ運動になってしまう現象がある[33]。これは左右の運動野が連動して機能しやすいことを如実に示している。左右の手で異なる運動をするためには、左右の運動野がそれぞれ独立して機能する必要があり、このために左右の運動野間の半球間抑制が必要になる。子供や高齢者では、左右手の独立した運動が難しく、意4図2 クロスモダル抑制の機能的役割と発達的特徴a:クロスモダル抑制の機能的役割 左パネルは、運動の正確さと相関する第一次視覚野の活動を示す。右パネルは、第一次視覚野の活動を強く抑制できているときほど、音に合わせたズレの少ない正確な運動ができていたことを示す。b: クロスモダル抑制の発達的特徴 左から小学生、中学生、成人の右手運動中の抑制パターンを示す。それぞれ上段は脳を後部からみた図を示し、下段は脳の内側面を示す。54 情報通信研究機構研究報告 Vol.68 No.1 (2022)4 いつまでも健康で幸せな生活のために:ヒトの脳機能を補助・拡張するための研究・技術開発
元のページ ../index.html#58