図しない運動が出現したり、左右の手で同じ運動がでたりしてしまう鏡像運動が出現する場合などがあるが、これらにはすべて、この半球間抑制の未成熟や機能低下が関わっていると考えてよいだろう[29]。先に、右手の運動は「主に」左運動野で制御され、左手の運動は「主に」右運動野で制御されていると述べた。「主に」とした理由は、同側の運動野が各手の運動を制御できる経路も存在するからである。反対側運動野による制御と同側運動野による制御は少し異なる。専門的にはなるが、霊長類において、反対側運動野は、個々の筋肉に投射する脊髄の運動細胞を直接制御できるのに対し、同側運動野にはこの経路がほとんどない[34][35]。同側運動野からの経路は、複数の筋をまとめて(協調して)制御できる脊髄の神経回路に投射している。したがって、脊髄の運動細胞を直接制御できる反対側運動野は、個々の筋肉を制御できるので、個々の手指の正確で巧緻な動作の制御において主要な役割を果たしていると考えられている[36]。同側経路の機能的な意義についてはまだ不明な点が多いが、いくつか考察してみたい。例えば、若年成人が複雑な右手指の運動を行う場合、反対側運動野のみならず、同側運動野も活動することが知られている[37]。また、左運動野からの制御経路が障害を受けた場合、右手運動中には右(同側)運動野が活動することも知られている[38]。これらの場合、脳は、最適な制御回路を見つけるために、同側運動野の半球間抑制を脱抑制して、同側経路を積極的に動員しようとする。しかしながら、これらに共通して観察されることは、同側運動野が活動しているときには、器用な運動ができているとはいえず、手指の巧緻性が低下していることである。つまり、手指の巧緻性(=器用さ)は、主に反対側運動野からの制御によって実現されており、同側運動野の関与はこの精緻な制御に干渉している可能性を指摘することができる。もしこの仮説が正しいとすれば、半球間抑制によって不必要な同側運動野の活動が抑制できているほど、手指の巧緻性=器用さが高いという関係性がみられるはずである。この仮説を、半球間抑制が発達途上の8-11歳の右利き小学生で検証した。同側運動野の抑制度合いを評価するため、単純な右手の運動課題を用いた。また、右手指の器用さを評価するため、ペグが刺さったボードから、一つずつペグを抜いては回転させて元の穴に戻すペグ課題を行い、12本すべてを完了するために要した時間を器用さの指標とした。この器用さと相関する脳領域を調査したところ、全脳で唯一、右運動野の活動が有意な相関を示した(図3a)[39]。つまり、右手運動課題中に右運動野の活動がよく抑制できている小学生ほど、右手指の巧緻性が高い(課題所要時間が短い)ことがわかった(図3b)。同様に、この仮説を半球間抑制機能が低下している可能性の高い65-78歳の右利き健常高齢者で検証した[14]。同側運動野の抑制度合いを評価するため、前述とは少し異なる単純な右手の感覚運動課題を用いた。また、右手の器用さの評価のため、前述のペグ課題を行い、所要時間を器用さの指標とした。小学生同様、この器用さと相関する脳領域を調査したところ、全脳で唯一、右運動野の活動が有意な相関を示した[14]。非常に興味深いことに、この部位は小学生で同定された部位と全く同じであった。以上より、右手の感覚運動課題を変えたとしても、右運動野の抑制が弱い(=減弱または消失している)高齢者ほど、右手指の巧緻性が低い(課題所要時間が長い)ことが明らかとなった。これら一連の研究結果は、左右運動野間の半球間抑制機能は左右の運動野を独立して使用するために必要図3 右手の器用さと同側運動野の活動との関係a:右手の器用さと相関を示した右運動野活動。b:右手運動課題中に右運動野の活動がよく抑制できている小学生ほど、右手指の巧緻性が高い(課題所要時間が短い)ことを示す。554-2 人の脳機能改善及びパフォーマンス向上のための研究開発:脳を適切に作動させる抑制機構の重要性
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