なだけでなく、右手運動中に同側(右)運動野を抑制できる機能は、同側運動野からの干渉を抑えて、左運動野による右手指の巧緻動作制御の実現に大きく貢献していることを示唆している。両手指のコーディネーショントレーニングによる、半球間抑制機構の再活性化と 手指巧緻性の向上4では、左運動野から右運動野への抑制が減弱または消失している高齢者ほど、右手指の巧緻性が低いことを紹介した。もし、この半球間抑制の劣化が手指の巧緻性の低下の原因ならば、半球間抑制を何らの方法で再活性化できれば、これに伴って手指の巧緻性も向上するはずである。我々はこの仮説を検証した[14]。65-78歳の右利き健常高齢者を被験者に選び、被験者を二十数名ごと2群にわけて、2か月のトレーニングの後に、半球間抑制が再活性化され、これに伴って手指の巧緻性も向上するかを検証した。右手の感覚運動課題を用いて、半球間抑制に伴う同側運動野の抑制度合いを評価し、ペグ課題を用いて手の器用さを評価した。トレーニング前には、ペグ課題の成績に群間差はみられなかった(図4a)。また、2群で同程度に、右運動野の抑制が減弱または消失している高齢者を認めた。加えて、右運動野の抑制が減弱または消失している高齢者ほど、右手指の巧緻性が低いという関係性を2群で共通して観察した。その後、2か月のトレーニングを行った。1群を両手群とし、もう1群を右手群とした。両手群は、左右の手指で異なる動作を同時に行うコーディネーショントレーニングを行った。4で述べたように、左右の手で異なる運動を行うためには、左右の運動野がそれぞれ独立して機能する必要があり、このためには左右の運動野間の半球間抑制が必要になる。逆に言えば、このようなトレーニングをすると、左右運動野間の半球間抑制がトレーニングできるはずである。右手群は、両手群の行ったトレーニングメニューを右手だけで行った。重要なことに、両群ともペグ課題そのもののトレーニングは一切していなかった。トレーニング終了後に、右手の感覚運動課題中の左運動野からの機能結合を解析したところ、右運動野との機能結合が両手群のみで低下していることがわかった。これは、両手群では、半球間抑制機構が再活性化され、左運動野から右運動野への抑制が再活性化されたことを示唆している。両群ともペグ課題そのもののトレーニングは一切していなかったが、両手群では、有意なペグ課題成績の向上(=手指の器用さの向上)がみられた(図4a)。一方で、このような成績の向上は右手群ではみられなかった。さらに詳細な解析を進めると、両手群のみで、トレーニング前に比べてトレーニング後に右運動野の活動がよく抑制されていた被験者ほど、ペグ課題成績が向上していた(図4b)。さらに、この群では、トレーニング前に右運動野の抑制が消失し、過活動を示していた被験者ほど(図4bの塗りつぶし点)、トレーニング後に右運動野の活動がよく抑制され、ペグ課題成績もよく向上していることもわかった。以上の結果より、両手指のコーディネーショントレーニングは、特に、同側運動野の抑制(半球間抑制)が劣化している高齢者で、これを効果的に改善させ、右手指の巧緻性を向上させることができた。高齢者に限らず、脳卒中回復期の患者さんでは右手運動中の同側運動野の過活動がみられることを考えると、脳卒中回復期に、左右手のコーディネーショントレーニング5図4 高齢者における、トレーニングによる半球間抑制機構の再活性化と手指巧緻性の向上a:両手群及び右手群でみられたトレーニング前後でのペグ課題成績。b:トレーニング後の右運動野の活動変化と右手の器用さの変化との関係。左パネルは両手群のデータを示し、右パネルは右手群のデータを示す。図中の塗りつぶし点は、トレーニング前に右運動野の抑制が消失し、過活動を示していた被験者を表す。56 情報通信研究機構研究報告 Vol.68 No.1 (2022)4 いつまでも健康で幸せな生活のために:ヒトの脳機能を補助・拡張するための研究・技術開発
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