力者の手先軌道は大きく左向きの弧を描いてターゲットに到達した(図2A、1st適応試行)。このように、軌道エラーは力場方向に生じたが、ターゲットエラーはほとんど生じなかった(ターゲット幅以下の大きさ)。試行を繰り返すにつれて、実験協力者は徐々に力場を補償する動作を学習し、直線的な軌道を獲得した(155th適応試行)。その後、脱適応過程を調べるために、環境は学習前と同じ力場なし条件に戻された。すると今度は、軌道エラーが力場と逆方向(右)に生じた(1st脱適応試行)。この現象はアフターエフェクトと呼ばれ、実験協力者が適応過程において力場に適応していたことを反映している[10][11]。重要なことは、VDCFの適応・脱適応過程では、一貫してターゲットエラーが生じないことである(図2A、学習曲線○)。また、VDCFの適応過程と脱適応過程は、どちらも軌道エラーの単調的変化によって特徴づけられた(図2A、学習曲線●)。このような学習指標の単調的変化は、典型的な学習曲線と一致する[15]。ところが、LIPFの適応過程はVDCFとは大きく異なった。力場がかけられた直後、実験協力者の手先軌道はターゲット付近で最も大きく力場方向(左)に乱され、課題は失敗した(図2B、1st 適応試行)。続く数試行において、実験協力者の手先軌道は、力場を“過補償”し、それまでとは逆方向の右向きの弧を描いて大きく軌道を修正した(4th適応試行)。ターゲットエラーがターゲットサイズに減少するまで、手先軌道の右方向への修正が続いた。その後、手先軌道は右方向から徐々に中央方向に変化し、軌道エラーも徐々に減少した(155th適応試行)。このように、ターゲットエラーは単調的変化を示した(図2B、学習曲線○)一方、軌道エラーは非単調的変化を示した(図2B、学習曲線●)。同様の軌道修正が、エラーの符号を逆にして、脱適応過程でも確認された。2.2失敗の存在下で生じる曲がったままの脱適応軌道非単調な手先軌道の変化に加え、課題が失敗した場合の脱適応過程において、更に興味深い現象が確認された。VDCFの場合、脱適応過程(力場なし)に移行して10試行以内に、手先軌道は、適応前と同様のほぼ直線的な軌道に戻った(図2A、図3)。ところが、LIPFの場合、150試行(約20分)も力場なし環境で試行を繰り返しているにも関わらず、手先軌道は曲がったままの状態を維持した(図2B、図3)。つまり、VDCFと違って、手先軌道は適応前の軌道に戻らなかった。この現象の頑健性を確認するために、同様の実験を異なる力場を用いて追試した(データは[9]を参照)。具体的には、VDCFとは異なる種類のターゲットエラーが生じない力場とLIPFとは異なる種類のターゲットエラーが生じる力場が用いられた。結果、後者の力場でのみ、曲がったままの脱適応軌道が確認された。よって、失敗の存在が、曲がったままの脱適応軌道を生じさせることが強く示唆された。この結果によって、運動適応の前後の同一環境(力場なし)において、異なる運動計画によって運動が実行された可能性が示唆された。図2ターゲットエラー(○)と軌道エラー(●)の学習曲線: VDCF(A)とLIPF(B)における学習曲線の実験協力者平均と各条件の代表的実験協力者の手先軌道の変化。手先軌道の背後にある影付き領野は力場の模式図である。適応と脱適応の初期期間における軌道変化を見やすくするために、最初15試行とそれ以後(灰色の横線区間)ではx軸のスケールが異なることに注意。最初15試行は1試行ごとに、以後は5試行ごとに描画されている。学習曲線の実線周りの灰色領野は標準誤差を示している。明るい緑の帯はターゲット幅(半径7.5mm)を示している。614-3 人間の運動機能の維持・向上を支える脳情報処理の理解
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