脱適応することが知られている[10][21]。よって、30 試行目で内部モデルの脱適応が終了し、方向バイアスの減衰が停止する。この時の手先軌道は、脱適応初期で生じるターゲットエラー(アフターエフェクト)と反対方向に曲がっている。方向バイアスが傾きをもった状態で停止するため、曲がったままの脱適応軌道が生じる。以上より、階層運動学習モデルは我々の実験結果を上手く説明した。2.4おわりに本稿では、失敗が生じた後、脳がどのように運動を修正するかという運動適応の脳情報処理について議論した。先行研究の多くは、内部モデル(環境の物理特性)の学習によって運動適応を説明してきた。しかし、内部モデルの学習だけでは、我々の実験で観察された、失敗の存在下における2つの現象は説明できなかった(“非単調な手先軌道の変化”と“曲がったままの脱適応軌道”)。我々は、内部モデル学習の階層的上位に運動方向に関する運動計画の学習が位置する階層運動学習モデルを提案し、実験結果を説明した。我々は、このような階層的な運動適応の仕組みが、様々な環境に素早く適応することを可能とする根源的な脳内メカニズムだと考えている[22][23]。素早く危険や失敗を避け、より多くの報酬や成功を求めることは、人間の生存にとって重要である。これらは動作の効率性を犠牲にしてでも、優先すべきものである。実際、我々の結果は、脳が動作の効率より、失敗の回避や報酬の獲得を優先していることを示していた。失敗が生じた直後の手先軌道は、直線に比べてエネルギーコストが高い大きな弧を描きながら、ターゲットエラーを素早く減らしていた。一方、一旦報酬が得られた(課題が成功した)後は、内部モデルの学習によって、動作はより効果的(直線的)になった。このように、各階層はそれぞれの下位目標を有しているが、脳は上位階層の目標により高い価値を置いていると考えられる。脳は階層的な情報処理構造を有しており[13][24]、我々が提案する階層的運動学習を実装するために適している。今後の研究では、この階層的学習がどのように脳で実装されているのかを明らかにしていきたい。それが明らかにすることは、運動適応障害のメカニズムの理解や、運動機能の維持・向上のための技術開発につながると考えられる。謝辞本研究を行うにあたって、実験を補助していただいた古川由香さん、片桐奈央子さんに感謝いたします。また、プログラミングコードを提供していただいた筑波大学 井澤淳博士とSingapore A *STAR Institute for Infocomm ResearchのKeng Peng Tee博士に感謝いたします。本研究は日本学術振興会、科研費#26750387によって支援されたものです。参考文献】【1J. W. Krakauer, A. M. Hadjiosif, J. Xu, A. L. Wong, and A. M. Haith, “Motor Learning,” Compr. Physiol., vol.9, no.2, pp.613–663, March 14 2019.2M. Berniker and K. Kording, “Estimating the sources of motor errors for adaptation and generalization,” Nat. Neurosci., vol.11, no.12, pp.1454–1461, Dec. 2008.3M. A. Smith, A. Ghazizadeh, and R. Shadmehr, “Interacting adaptive processes with different timescales underlie short-term motor learning,” PLoS Biol., vol.4, no.6, p.e179, June 2006.4J. A. Taylor, J. W. Krakauer, and R. B. Ivry, “Explicit and Implicit Con-tributions to Learning in a Sensorimotor Adaptation Task,” The Journal 図5階層運動適応モデルによるシミュレーション: VDCF(A)とLIPF(B)に関する、ターゲットエラー(○)と軌道エラー(●)の学習曲線。モデルによってシミュレートした手先軌道が各パネルの上部に描画されている。モデルによって実験で確認された失敗の存在下(B)における2つの特徴が再現できた: 1) 軌道エラーの非単調な変化、2) 曲がったままの脱適応軌道(ターゲットエラーと軌道エラーが重なっていないことに注目)。634-3 人間の運動機能の維持・向上を支える脳情報処理の理解
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