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テストを行い、その人のリスニングスコアも計測した。その結果、N400に相当するmTRFにより得られた脳波成分がリスニングスコアに従って出現するタイミングが遅くなるなど、これまでに得られた知見に一致するような結果が得られた。さらに、mTRFにより得られた脳波成分の中の17個の成分がリスニングスコアと有意に相関した。そして、この17個の成分からLeast Absolute Shrinkage and Selection Operator (LASSO)と呼ばれる機械学習モデルを用いてリスニングスコアを推定したところピアソン相関係数は0.51(p =2.9× 10–14)となり、統計的に高い有意性を持って脳波データからリスニングスコアを推定することに成功した(図4)。この結果から、受験者がテストに対して回答しなくても、英語を聞いているときの脳波データからその人のリスニングスコアを推定できる可能性が示唆された。また、mTRFを用いることで、品詞や発話速度、文章中の単語の位置などのラベルごとの脳波成分を抽出することができる。これまでの通常のテストでは、回答結果が間違いだった場合、リスニングの過程のどのような脳内処理で間違えたのか、原因を明らかにすることは難しかったが、本研究成果を利用することで、例えば、名詞は聞き取れているが動詞の認識が悪いなど、どのような原因でリスニングができていないかなどを明らかにすることができる可能性がある。これまでのテストは評価で終わっていたが、本研究成果を利用して原因を明らかにすることができれば、次にどのような学習を重点的に行えば良いか分かることから、英語力の向上につなげる評価法として、これまでの通常のテストにない価値を提供することができる可能性がある。ゲーム中の脳活動計測[8]日常の実生活の中で、空いた時間にゲームをやるという人は数多くいる。このようにユーザは自ら進んで自発的にプレイするという特徴性から、モチベーションに関する研究の題材としてゲームは適していると考えられる。また、ゲーム中には様々なイベントが発生することから、イベントに対する脳波であるEvent-Related Potential (ERP)の取得も可能である。本研究では市販されている対戦型野球ゲームを用いて実験を行った。本研究において技術的に重要な点は、対戦している2人の脳波及びゲーム中のイベントをミリ秒のオーダーで同期させることである。脳波計測法の時間分解能はミリ秒のオーダーであるため、脳波データはゲームイベントとミリ秒のオーダーで同期させる必要がある。それ故、多くの研究では、脳波計間を有線ケーブルで接続してデータ間の同期をとるということが一般的であったが、有線ケーブルの接続は、参加者の動きを制約するため、普段のようにゲームを楽しむことができない。そこで、我々は、GPS信号が受信可能な脳波計を開発し、GPS信号から時刻情報を取り出し、この時刻情報を用いて各脳波データ及びイベント情報に対してタイムスタンプを押せるようにした。このタイムスタンプを通して、脳波データ及びイベント情報をミリ秒以上の精度で同期させた。実験は、野球ゲームを二名で対戦しているときの脳波を、GPS信号を受信可能なウェアラブル脳波計を用いて計測した。そして、野球ゲーム中にバッターが空振りストライク、ボール、見逃しストライクと判定されたときの脳反応に注目をした。その結果、バッターが空振りをしたときにERPの一種であるError-Related Negativity(ERN)と呼ばれる脳波が強く観測された。このような実験系を用いることで、身体的な制約もなく通常に生活をしているときであっても脳活動を計測できるということを示すことができた研究成果である。そして、このERNは、常に同じように出るわけではなく、試合展開が緊迫しているなかで、やや負けている状態で強く見られ、勝ち始めると小さくなることを明らかにした(図5)。野球ゲームにおいて、やや負けているときの空振りが一番悔しいということは、直感的にも理解できるが、そのことを脳活動からも示すことができた。つまり、このようにゲームにおけるモチベーションに関連する脳活動の計測に成功しており、実生活中の脳活動の一端の可視化にも成功したと言える。この後、研究を発展させ、Virtual Reality中の脳活動計測にも成功している[13]。4図4脳波から推定されたリスニングスコアと実際のリスニングスコアとの間の関係[7]68   情報通信研究機構研究報告 Vol.68 No.1 (2022)4 いつまでも健康で幸せな生活のために:ヒトの脳機能を補助・拡張するための研究・技術開発

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