CiNet Brainでは、人間の認知、情動、知覚、意思決定、運動、社会性、言語などの高次脳機能について、多様な知覚・認知条件下における脳活動データを収集・分析することで、脳内情報処理の全体を包含するモデルを構築することを目指している。このモデル構築のために、従来の計測方法にとどまらず、脳の機能や構造を高精度で測定する新たな計測手法の開発や、脳活動測定から脳内の情報処理メカニズムを明らかにするためのデータ駆動型の研究開発を並行して進めている。また、明らかになってきた脳の仕組みの一部をアルゴリズムとして活用したネットワーク制御技術などの研究開発も推進しており、これもまたCiNet Brainの研究開発の一部である。令和3年4月から始まったNICTの第5期中長期計画では、これまでに培った技術や知見を基にして、Society 5.0 で謳われているヒューマンセントリックなICT社会の実現に向けて、CiNet Brainを旗艦として人間の脳機能研究の更なる加速を図っている。本特集号ではCiNet Brain研究に係る成果を紹介するとともに、その将来の応用可能性を扱い、本稿ではその概要を述べる。脳情報研究はヒューマンセントリックな情報通信技術の要 ヒューマンセントリックな情報通信という観点で、「情報」という概念について考えてみたい。シャノン-ウィーバーの情報モデルを基に飛躍的な発展を遂げている情報通信技術であるが、通信される情報は符号列として通信路を通過している。仮に、この符号列を人間に見せたとしても、そのままでは本来送ったはずの“情報”を読み出すことはできないであろう。通信路を通過しているこの“情報”は、意味を捨象した、意味作用を持たないデータだからである。通信路を通る符号の伝送、受け渡しを高速・高精度に行う機器間の通信においては、意味を捨象したデータ通信は極めて有効に機能する。しかし、特に人間が関わる情報通信を議論する場合には、意味の捨象は正確な情報伝達を保証しない[1]。人間には情報の意味解釈を多様に行う自由度があることもこれを助長する。簡単な例で考えてみると、「ネッカーキューブ」、「ルビンの壺」などの多義図形や、「ペンローズの階段」のような現実にはあり得ない物体、錯視などがあり、意味内容の正確な伝達が行われないことを意識することができる。視覚刺激として与えられているデータは全く同じであるが、受け手にとっての意味作用は一定しない(図2)。一方で、錯視を起こす視覚刺激を使うことで、人間にとって意味のある情報を与えて、その行動をシステムが望む方向に誘導する技術も示されている[2]。これらは、人間にとって意味作用を持つものを“情報”と捉えることが、人間を中心としたICT開発においては必要であることを示唆している。データを知覚した人間が、いかに、そこに意味を見2情動視聴覚認知抑制注意探索記憶連想計算整理学習時間知覚読解価値判断購買ゲーム対話想像創造的思考SNSナビゲーション(移動)倫理思考論理思考予測他者認知社会⾏動意思決定脳機能全体のモデル化(CiNet Brain)大規模脳活動データ(脳情報DB)エキスパート脳評価暗黙知推定マーケティング学習・能⼒向上⽀援運動受動・単課題モデル能動・多課題モデル脳内情報処理の構成論的理解個性・常識・世界観・ひらめき人格の再構成統合モデル常識次世代コミュニケーション感性・情動評価ストレス評価社会⾏動予測社会実装計測技術開発解析理論・技術開発匠の技の継承言語翻訳BMI+ロボット技術ヒトと親和性のあるAI図1CiNet Brainの概念図。単課題に対する脳活動解析で得たデータからモデルを構築し、更に多課題に対する脳活動解析を通してモデルの高次化を進めていく。得られたモデルの実用化を見通すことができるところから順次社会への応用展開を進める。4 情報通信研究機構研究報告 Vol.68 No.1 (2022)2 人間の脳機能に倣った新たな情報通信技術の開発プロジェクト(CiNet Brain)
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