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れていることを示す。現在は、生体の生理学的機序に基づく雑音モデルの開発を通して、生体磁気雑音に関する対処法を検討している。また、個人脳の基礎的な知覚情報処理特性の定量的評価法を開発することで、被験者に呈示する刺激特性の最適化による脳磁界信号の増強など、脳磁界信号(S)と磁気雑音(N)の両側面からSN比の向上を目指している。MEG概略2.1脳磁界信号の発生機序人間の大脳皮質には約160億個の神経細胞があり、その約8割が錐すい体たい細胞に分類される。錐体細胞は、主にIII、V、VI層に位置する細胞体と、樹状突起、軸索により構成される((図2A左下)。樹状突起の興奮性シナプス受容体に神経伝達物質が結合すると、細胞膜のイオン透過性が変化することで、細胞膜を横切る膜電流が発生する。これに伴い、細胞内外のイオン濃度勾配に従って、細胞の内側に向かう一次電流と、細胞外に体積電流が生じる(図2A右)。ここで、電流のまわりにはビオ・サバールの法則により磁場が発生する。錐体細胞は皮質表面に対して垂直に配列しているため、数万の細胞群による一次電流に由来する磁場成分が時空間的に加算される。また、生体組織の比透磁率はほぼ1であるため、磁場は頭の外まで歪ゆがむことなく到達する。これを直上に設置される複数のセンサにより検出したものが脳磁界信号である(図2B)。一方で、体積電流に由来する磁場成分に関しては諸説あるが、脳がほぼ球状の導体であることから、脳磁界信号の解析ではおおむね無視できると考えられている。なお、一次電流の総和が細胞体において閾値を超えると、細胞核が発火して活動電位が発生する。活動電位に付随して軸索を走行する電流は、脱分極側と再分極側に対となる2個の電流双極子から成る四重極子で表現される大きな成分であるが、持続時間が短く同期的加重が起こりにくいため、脳磁界信号には寄与しない。2.2計測MEG装置のセンサエレクトロニクスは、液体ヘリウムによって4.2Kで冷却されて超伝導状態で動作するフラックス・トランスフォーマ、超伝導量子干渉素子(Superconducting Quantum Interference Device:SQUID)及び変調コイル(室温部に配置されるフィードバック駆動回路に接続される)の3つの部分から構成される(図3)。フラックス・トランスフォーマの検出コイルには、磁束密度B=(Bx, By, Bz)に対して、コイルの面方向成分Bzを計測するマグネトメータと、これに直交するx及びy方向の空間微分(∂Bz/∂x, ∂Bz/∂y)を計測する平面型グラジオメータなどいくつかの種類がある。磁束が検出コイルを通過すると、マイスナー効果により遮蔽電流が誘起される。検出コイルとSQUIDに結合する入力コイルは超伝導ループを成しているので、遮蔽電流は低周波であっても減衰せずに入力コイルを流れ、SQUIDに磁場が伝達される。SQUIDの基本構造は、Josephson接合と呼ばれる2箇所の超伝導弱結合部を持つ超伝導リングである。SQUIDに臨界電流値(超伝導体に電圧を生じさせない最大の電流値)をわずかに超えるバイアス電流を流し2図2 脳磁界信号の発生機序(A)と検出(B)76   情報通信研究機構研究報告 Vol.68 No.1 (2022)5 脳機能計測の最先端を進むための計測技術の研究開発

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