脳磁界信号: 基本周波数特性の定量的評価法の開発脳磁界信号の周波数は、局所的な脳神経細胞群の膜電位水準に依存する過分極~脱分極の周期性を反映する。安静時に計測される自発律動成分の平均的な中心周波数は、δ=2.5 Hz、θ=5 Hz、α=10 Hz、β=20 Hz、γ=40 Hzである。また、外部入力に対する情報処理活動として誘起される視覚性定常反応(Visual steady-state responses:VSSR)は後頭α帯域、聴覚性定常反応(Auditory steady-state response:ASSR)は側頭γ帯域に最大の神経感度(最大振幅)を示し、分調波(β)及び高調波(high γ)の周波数帯域においても若干増大する[13]。一方で、自発律動の周波数は心拍(1.25 Hz)の高調波、また、胃筋電活動(0.6 Hz)、呼吸(0.15 Hz)、血流変化(0.03 Hz以下)は分調波帯域に相当する[14]。これらの周波数値は倍数周波数(帯域)比の関係にあり、さらに、心拍の周波数は身体的特徴(体重と身長から算出されるBody Mass Index:BMI)に相関があることから、脳を含む生体の活動は、身体構造の制約に基づく共通の連続性により「調和的」に階層構造化されているというモデルが提唱されている[15]。そこで本研究では、本モデルの検証を目的として、MEGによる脳を含む生体の基本周波数特性の同定法の開発を行っている[16]。安静時の自発律動(δ、θ、α、β、γ成分)、情報処理活動時の視聴覚性定常反応(VSSR、ASSR成分)、また、呼吸や心拍/脈拍等の生理律動に関連する生体磁気雑音をMEGにより一元的に計測し、これまでに開発を進めてきたMRAを用いた雑音モデルも活用して各成分を分離・抽出することで、成分間の周波数比の定量的評価を進めている(図8)。脳を含む生体の基本周波数特性の同定及びその計測手法の開発は、脳情報の実用化につながる。例えば、本実験では搬送周波数及び振幅変調周波数を連続的に変化させた刺激を呈示し、VSSRやASSRが最大振幅を示す、すなわち脳が最も同期しやすい周波数を同定している。この手法は、ASSR成分を利用した広周波数帯域の精密聴覚検査法[17] や、VSSR成分による色覚検査法として臨床応用が可能であり、検査の精度や客観性、検査時間、労力において、標準的な検査法の質を上回る脳情報の実用化が実現できる。また、イヤフォンのイコライジングや補聴器出力の調整、モニタの色彩輝度やリフレッシュレートの調整など、個人脳の基礎特性に基づく視聴覚環境の最適化による作業効率の向上、あるいは、実験における最適な刺激周波数の決定に利用することにより、脳磁界信号強度の増幅と、それに伴うSN比の向上も期待できる。さらに、近年の視覚刺激装置のリフレッシュレートの倍増に関連して、脳神経系の周波数感度の評価は安全性の視点からも必要な検証である。6図8 脳磁界信号の周波数特性:α成分のピーク検出と加算平均(A1)、α成分の等磁界線図(A2)、α成分の電流密度分布(皮質表面)(A3)、自発律動(θ、α、β、γ成分)の電流密度分布(MR構造画像)(A4)、視聴覚性定常反応の電流密度分布(皮質表面)(B1)、聴覚性定常反応〔ASSR成分)の信号源(聴覚野)における神経活動の時間周波数特性(B2)82 情報通信研究機構研究報告 Vol.68 No.1 (2022)5 脳機能計測の最先端を進むための計測技術の研究開発
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