いだすか、その情報処理の方法を知ることが必要である。心理学がこれまで精力的に取り組んできた大きな課題であるが、CiNetでは、この「気づき」や「わかり」についても心理物理学的方法や先端的脳計測技術を用いた研究を進めている[3][4]。さらに、従前の心理物理学的方法に加えて、脳機能の直接計測を絡めて、かつ人間活動を扱うビッグデータ(ソーシャルメディアやネットワーク画像の数々)を扱うデータ駆動型サイエンスと組み合わせることで、情報処理としての脳機能のモデル化を進めることが可能であろう。この試みがCiNet Brainである。CiNet Brainの研究開発の中で最も進んでいる研究は、視覚情報処理のエンコード・デコードモデルの構築である。外界からの視覚情報は、目を通して網膜に映し出され、その視細胞の活動信号として脳内ネットワークに入っていく。赤いリンゴが落ちるシーンを見た場合、一次視覚野に入った信号は分離変換されて、色や形の情報は腹側視覚経路を通り側頭連合野に入り、他方、位置や動き、大きさの情報は背側視覚経路を通り頭頂連合野に伝わる。その結果、脳に内在するネットワークと相互作用し情報統合されて、「赤いリンゴが落ちていく」と認知される[5]。視覚情報は扁桃体や海馬にも送られるので、記憶や情動にもつながり、その認知に対する行動としても出力されることにもなる。このような脳内での感覚入力の認知内容への変換過程を定量化することができれば、脳情報処理の理解が進むことが期待できる。従来の神経生理学の研究においても、神経細胞を刺激し、その神経細胞の応答や、その活動を受けて新たに活動する神経細胞群を計測することで、入力刺激と神経活動との対応付けが行われてきた。しかし、人間の脳の研究をする場合には、侵襲的な実験は特別な例外を除いて行われることはない。その代わりに、非侵襲計測法を用いることで脳活動を間接的ではあるが記録することが行われている。特に、人間の脳の研究をする場合には視覚情報処理は研究対象として優れている。視覚情報処理に係る脳の領域は、脳全体で大きな面積を占めていて、その活動を詳細に測ることが可能だからである。一次視覚野に入った情報が、符号化されていく様子を脳活動として間接的に観測することができるのである。つまり、視覚刺激に対する全脳の活動という対応関係を知ることで、脳情報処理に対する理解が得られるのである。西本と西田のグループは日常的な感覚入力に近い自然刺激の脳情報処理において、この対応関係をエンコード・デコードモデルという数理モデル化フレームワークで解決してきた。視覚情報の入力が全脳の活動へ変換される過程をエンコードモデル、脳活動が認知内容へ変換される過程をデコードモデルでエミュレートするのである(図3)。詳細は西田の稿に譲るが、このエンコード・デコードモデルを脳情報処理の定量化モデルとみなすことができ、非線形性が強い感覚入力–脳活動–認知内容の対応関係を、適切な特徴空間を導入することで線形化し、線形回帰などの単純な機械学習の問題として解決できる[6]–[12]。このシステムの強みは、特徴空間の選択が任意であり、利用する特徴空間に依存して脳情報処理の異なる側面をモデル化できる拡張性にある。つまり、特徴空間を使い分けることで、原理的には脳内情報処理のあらゆる側面を定量化することが可能となるのである。さて、ヒューマンセントリックな情報通信では、簡素な言葉で話す、身振り手振りで、あるいは頭の中で想像するだけで、何をしたい・どのようにありたいかというユーザの意思が容易に情報機器に伝わることが求められる。この技術の実現には、情報通信システムが自ら必要な知識や情報を得て、考え、ユーザを支援する能力まさに「文脈を理解する能力」を持つことが求められる。人間には自然に備わっているこの能力は、SenderReceiverchannelencodedecodeSemantic interpretationis converted into dataEncoded messagesDiscard semantic contentData communicationSemantic interpretationNew information is generatedShannon-Weaver Communication model図2 シャノン-ウィーバーの通信モデルによる情報通信社会的コミュニケーション理論では、理想的には情報の担う意味内容が送り手と受け手の間で共有されることが仮定されているが、意味内容を捨象したデータの通信が行われるために、送り手の意図した多義的情報は、必ずしも受け手に同じ情報として通信されない。送り手の意識にある意味内容を、言葉などの記号で表現して受け手にそっくり伝達するためには、記号表現と記号内容との対応を与える正確なコードが不可欠であるが、一般的状況ではそのようなコードの存在は期待できない。一方で、多義図形のいずれの情報が送り手や受けての意識に上っているかは、脳活動計測から読み取ることができる。知覚体験・⾃然刺激エンコードモデル時間活動強度デコードモデル脳活動モデル予測図3自然刺激による視覚情報処理のエンコードモデルの構築とデコードモデルによる入力情報の再構築の概念図52 人間の脳機能に倣った新たな情報通信技術の開発プロジェクト(CiNet Brain)
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