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ICT研究センター長らNICTのメンバーと阪大の絶妙なチームプレイがCiNetの設立には重要なポイントだったと思います。また一般にはお堅いと思われている総務省がよくぞこのような変革と言っても過言でない計画を受け実行してくれたものだと感心しました。加藤顧問がしばしば総務省の事務次官、局長レベルの幹部職員と直接折衝して下さっていたようです。総務省の方々にも感謝の念でいっぱいです。CiNetは研究だけでなく、その研究成果を社会に還元することも重要なミッションでしたから産官学の協同組織にしました。産業界からはNICTと長年関係の深かったATRが参加していただきました。ATRの川人光男さんにはプロの脳研究者として研究構想に大きく貢献いただき、ご自身のヒューマンネットワークを使って総務省にも掛け合っていただきました。こうして、2011年にCiNetが発足し、2013年には阪大吹田キャンパスに地下2階、地上4階、延べ面積10,000平米の研究棟が建ち、本格的に研究がスタートしました。CiNetの大きな特徴の一つは、研究棟を大学のキャンパスに建て、国研(国立研究開発法人)と大学の本格的かつ実質的融合研究センターということです。国研は比較的大きな研究資金を使って規模の大きな目標を設定して研究者が一丸となって、いわゆるミッションオリエントな研究ができます。欠点は、学生、院生がいないので人材育成ができないこと、そしてフレッシュな雰囲気が欠けがちになることです。一方、大学は個人の自由な発想で毎年入ってくる学生、院生とともにキュリオシティオリエンティッドな研究ができます。しかし、小規模の研究室に分かれ、規模の大きな融合研究は難しい。CiNetはこの国研と大学を融合させてそれぞれの利点をもつ研究センターを目指しました。実際、阪大から3~4講座の先生方がCiNet棟の中で本格的な連携研究を進め、12人の教員が兼任PI(Peincipal Investigator)として、そして40名ほどの教員が招へい研究員として参加しています。一方、CiNetの研究員は阪大の招へい教員となって学生の研究指導、人材育成に参加しています(現在、CiNet棟を利用する学生院生の数は約100名ほど)。CiNetのもう一つの特長は、7T MRIを含む2台のMRI(現在は4台)、MEG、脳波計など、ヒト脳の活動を測定する装置を大規模に導入したことでした。これはセンター長がプロの神経科学者であったら難しかったかもしれないと想像します。というのは、10年前は脳をMRI(機能的MRI)で大まかに脳活動を測っても脳の仕組みが解る訳がない、神経細胞レベルで調べないとダメだと考える研究者が多くいたからです。遺伝子工学を駆使してマウスの脳で神経細胞の役割、ネットワークを解明し世界的な成果を上げておられるMITの利根川進さんは、神経細胞レベルの分解能がないMRIで脳活動を測っても何もわからないと言っておられたそうです。私が理研(国立研究開発法人理化学研究所)の生命システム研究センター所長をしていた時、当時理研の脳科学総合研究センターのセンター長だった利根川さんとは、理研センター長会議で隣の席でした。その時、「私たちが知りたいのはヒトの脳ですよね、いくら神経細胞レベルの研究ができるからと言って、マウスの脳では面白くないのでは?」と怒鳴られることを覚悟で大胆不敵な質問をすると、意外にも、「そうなんだよ!これからは膨大な知見が蓄積されているマウスのボトムアップ研究とヒトの脳のトップダウン研究を融合させることが大事だ」という返事が返ってきました。MRI何台も並べてバカかと言われないかと内心ドキドキしていましたので、ホットしたのを覚えています。私自身はたんぱく質分子1つを見て、そして触れてその動きや化学反応を直接実時間で調べる1分子ナノイメージング法を開発し、まさに究極のボトムアップ研究を長年やってきました。しかし、分子の世界そのものに興味があったわけではなく、細胞や脳といった柔軟で桁違いの省エネ生物システムを構成する素子(分子)は、人工機械の素子と何が違うのかに興味があったのです。私は、筋肉分子モータが熱ゆらぎ(ノイズ)を利用して働いているという、人工素子とは根本的に異なるメカニズムで働いていることを発見しました。私は大学院修士課程まで、電気工学科でノイズを遮断し正確に高速に働くのを信条とするデジタル素子の元となる半導体の研究をしていましたので、生物が熱ノイズを使って働いているというのは驚愕すべきことでした。コンピュータが多くのエネルギーを消費する一つの要因は、ノイズを遮断して正確に働く仕組みになっているからなので、生物が桁違いの省エネで働ける要因はここにあるのではと思ったのです。この生物の特徴である“ゆらぎ(ノイズ)”を利用する仕組みをベースにすれば、細胞や脳など複雑な生物システムをトップダウン的アプローチでもその仕組みに迫れるのではないかと思った(妄想した)のです。話題はCiNetから少し離れますが、私はCiNetの立ち上げと同時期に理研の新たな研究センター(生命システム研究センター)の立ち上げにも参加しました。十数年前のことなので、分子生物学全盛期の時代でした。遺伝子や細胞構成分子をしらみつぶしに調べれば細胞は解るという雰囲気の時代でした。センター長として迎えた私に、分子生物学で得られた知見を基に、細胞内で同定した分子がどのように働いているか1分子イメージング法で調べることを期待されたのだと思います。しかし、その期待を裏切って、私は理研の全体会議で、「新センターでは、トップダウン的に細胞を86   情報通信研究機構研究報告 Vol.68 No.1 (2022)6 【特別寄稿】11年の活動を振り返って

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