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研究

空中映像を結像する「鏡」の開発に成功

SFの世界
 何も存在しないはずのテーブルの上に、まさにそこに存在するかのような立体映像が現れる。SFでは当たり前のように現れる光景です。しかし、実際にそのような装置を開発することはきわめて困難であり、これまではSFの世界の中だけの話でした。例えば、複数の平面画像を選択的に見せることで、無理やり視差を与え、擬似的にそこにあるように見せるシステムは存在しましたが、擬似的である以上、その存在感も限定的にしか感じられません。
 今回私たちは、それを任意の対象物の上に設置することによって、空中映像として結像させることができる「鏡」を開発することに成功しました。
鏡映像の性質
 普通の鏡の中を覗いてみると、自分の姿や周りのものが鏡の中に見えるはずです。次に、鏡の中の自分もしくは鏡に写っている物体に手を伸ばしてみましょう。いかがですか?鏡の中の像には決して触れることはできません。これは鏡の中の像が、実際に空中に光が集まって出来る「実像」ではなく、「虚像」すなわち光が鏡面で曲げられた結果、単にそこにあるかのように見えているだけだということです。
 このような鏡に写る像は鏡映像と呼ばれますが、鏡映像は以下の二つの性質を持っています。
1)鏡面に対して、面対称な位置に形成する像となり、奥行き方向を含めて等倍で三次元的な歪みがまったく生じない。
2)面対称な変換を受けて前後が反転し、左手系の像となる。
 これらの性質のため、鏡映像では非常にきれいな収差の無い立体像が結像可能となります。それは鏡を覗いた世界が我々の世界とそっくりであることから明らかです。ただし鏡では上で述べたように虚像しか作れません。一方、実像を作ることができる結像光学素子には、凸レンズや凹面鏡というものがあるのですが、物体との距離に応じて像が拡大縮小するという性質を持つため、歪みの無い三次元映像を空中に結像させることは、非常に困難なことでした。
今回、開発した「鏡」=光学素子
図1 図1:結像比較 (上)凸レンズ、(中)鏡、(下)開発素子
 凸レンズには中心となる光軸があり、距離に応じて拡大縮小するが、実像が結像可能。鏡には光軸が無く、面対称位置に等倍で結像するが、破線部分は仮想的な光線であり、虚像となる。開発素子では、鏡と同じ像を実像として結像している。
 今回、私たちが開発した「鏡」は上記のようなごく普通の鏡ではなく、ナノ加工技術を用いた特殊な“受動光学素子”であり、素子面には多数のマイクロミラーを持つものです。
 鏡が作る像と同じものを、あたかも鏡の中に入り込んでその像を裏側から見ることを可能にしたものです。ただし、鏡に写った像の裏側からの観察となるので、三次元物体に対しては奥行きが反転するという特徴があります。
 本光学素子は、鏡映像を実像で結像させることが可能であるため、一般的な光学系では実現不可能な歪みの無い三次元像の結像が実現します。このことは、一方向から見た像に歪みが無いのはもちろん、複数の異なる視点から見てもその三次元的位置関係が崩れない、という特徴をもたらします。(図1)
構造と動作原理
図2図2
素子拡大写真
素子拡大写真
 開発素子の構造上の特徴は、微小マイクロミラーによって構成された2面コーナーリフレクタを多数並べてあるということです。2面コーナーリフレクタは2枚の鏡が直角に組み合わさったもので、各鏡の垂線で作る平面内においては光を再帰的に反射するという特徴があります。2枚の鏡を用意し、それを直角に合わせたものを覗いてみると、自分の顔が常に真ん中にあることが観察できます。このような2面コーナーリフレクタを平面内に並べると、点光源から発せられた光線は、あらゆる2面コーナーリフレクタによって反射され、必ず面対称位置を通ることになります。これはすなわち、実像の結像です。開発素子においては、金属製の素子基盤に四角い穴を開け、その穴の隣接する内壁を2面コーナーリフレクタとして利用しています(図2)。構造的にはこれがほぼすべてであり、非常に簡単なものですが、一つのマイクロミラーが100μm角の大きさしかなく、また素子面に対して垂直な鏡面を形成するとなると研磨等を用いることができないため、製作は非常に困難なものとなります。今回は、ナノ加工技術を利用することでこのような素子を製作することが可能となりました。
 開発素子は、マイクロミラーを利用するにもかかわらず光を透過する素子として動作する必要があるわけですが、鏡面反射をその動作原理として使用しているため、素子面において急角度で光線を曲げることが可能となっています。そのため、素子面に対して斜めからの観察が可能となり、テーブル面上に空中映像を浮かばせることを可能にしています。実際に観察した空中像を図3に示します。
図3
図3:「鏡」に映った空中映像 (左)左視点からの観察映像、(右)右視点からの観察映像。右側の矢印は「鏡」の上に存在する実物であるが、矢印と映像の相対位置が視点の変化で変わっていないことが分かる。
今後、さらに幅広い分野へ
 面白い利用例をご紹介しましょう。鏡にはなんでも映すことができますので、もちろん他の鏡を映すこともできます。そうすると、その映された鏡は、映した鏡の内側に入り込みます。その鏡に映っている鏡に自分の姿を映すことも可能です。ただし、普通の鏡を使う限り、その姿はどんどん鏡の内側に入ってしまいます。さて、では開発した「鏡」に鏡を映したらどうなるでしょうか?これは光が透過する「鏡」なので、映すべき鏡は「鏡」の後ろ側に置きます。するとどうでしょう、鏡そのものが表側に浮き上がることになります。もちろん、その浮き上がった鏡に自分の姿を映すことも原理的には可能です。鏡が十分浮いていれば、そこに写った自分の姿も宙に浮くことになります。つまり、この魔法の鏡を覗くと、宙に浮いた自分の顔を見ることができるはずです。
 このように、本開発素子は、リアルな三次元空中映像の実現に向け、新たなディスプレイ装置開発、エンターテーメント分野への進出など、その応用範囲は非常に広いと考えられます。
 解像度の向上、迷光の除去、低コスト化など、課題はたくさんありますが、鏡がすべての家庭にあるように、この魔法の「鏡」が世界中に広まることを目指していきます。


研究者:前川 聡(まえかわ さとし) 研究者:前川 聡(まえかわ さとし)
第二研究部門 知識創成コミュニケーション研究センター
ユニバーサルシティグループ 主任研究員
大学院修了後、科学技術特別研究員を経て、1998年通信総合研究所(現NICT)に入所。生体信号処理、進化適応システム、認知心理などに関する研究に従事。博士(工学)。


暮らしと技術

Q:空中映像ディスプレイには様々なものが提案されていますが、今回開発された光学素子は、それらとはどのような違いがあるのでしょうか?

A:開発した光学素子は、ディスプレイそのものではありません。素子自体は鏡のような受動的な光学素子であり、単なる1枚の薄い板にすぎません。空中像を作るためには、浮かせたい物体をこの板の裏に置くだけでよく、像を作るために素子に電源を供給する必要はありません(明るくする照明は必要です)。


今月のキーワード[空中映像(Floating Image)]

空中映像とは、空中に浮かんで存在する映像のことで、その映像の場所に手を伸ばすことが可能です。なお、光学の用語ではこれを「実像」と呼びます。空中映像は、単に空中に結像していることだけを意味しているので、それが立体であるか平面であるかを問わないことに注意が必要です。ただ平面映像の場合でも、映像自体は平面ですが、何も無い空中に三次元的に定位するため、ある種の立体感を与えることが可能です。なお、開発した光学素子の場合には、三次元立体像を空中に浮かすこともできます。空中映像は、視覚的空間を占有するにもかかわらず、物理的空間には何も存在していないという奇妙な性質を持ち、しかも映像なので、その存在は物理法則に支配される必要がありません。このような特性は、広告やエンターテイメントに対して非常に効果的と考えられます。


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