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宇宙の天気をリアルタイムで再現する リアルタイム宇宙天気統合シミュレータの研究開発 電磁波計測研究センター 宇宙環境計測グループ 主任研究員 品川裕之

宇宙利用と宇宙の天気

宇宙探査が始まって半世紀、今まさに宇宙の本格利用に向けて宇宙ステーションや実験棟の建設が精力的に進められています。完成後には多くの実験や観測が予定されており、長期間の宇宙滞在や機器の運用、船外活動などが行われることになります。しかし、宇宙空間は決して安全な場所ではなく、太陽活動に伴って生成される高エネルギー粒子やX線などが、衛星機器や人体にさまざまな悪影響を及ぼします。また、地磁気嵐が起こると、電離圏のじょう乱が発生し、船舶・航空機の無線や海外放送の途絶、GPSの測位誤差等を引き起こしたり、電離圏の電流が、電力送電線・海底ケーブルなどに異常な誘導電流を流して機器の故障の原因になったりすることもあります。さらに、超高層大気が膨張して高度数百km以下の低軌道の人工衛星に摩擦を及ぼし、軌道変化や姿勢障害などを起こすこともあります(図1)。宇宙空間を安全に利用するためには宇宙環境じょう乱の正確な予測が必要で、世界中の宇宙研究機関で宇宙天気の研究が進められてきました。

図1 宇宙環境じょう乱が社会生活に与えるさまざまな影響

新しい段階を迎えた宇宙天気予報

郵政省電波研究所(現NICT)では1957年以来、電離圏電波伝搬の研究と予警報の業務を実施してきました。その後、通信総合研究所(現NICT)となって、1988年にはその技術を応用して「宇宙天気予報」プロジェクトがスタートし、太陽面の光学・電波観測、極域レーダー、地磁気観測、電離圏観測、データ収集・配信システムなどが整備されました。その後、人工衛星のデータも取得されるようになり、宇宙環境のデータは飛躍的に増大しました。

これまでの宇宙天気予報は、初期の地上の天気予報と同様、予報官がいろいろな観測データを見て、知識と経験に基づいて宇宙天気じょう乱を予測するというものでした。しかし近年、宇宙の利用が進み、宇宙天気の定量的な予報が求められるようになると、コンピューター技術を用いた数値予報の必要性が高まってきました。

宇宙天気シミュレーションの研究開発

宇宙空間は主にイオンや電子などから成っていますが、地球周辺では中性大気も存在します。イオンや電子は電気や磁気の力によって動きますが、中性大気はそれらの力を受けず、気象学的な運動をします。電離圏領域では、イオン、電子、中性粒子が混在するため、お互いに衝突し合って非常に複雑な運動となります。このようなシステムを再現するには、電磁流体力学方程式や流体力学方程式と呼ばれる微分方程式を、コンピューターによって数値的に解かなくてはなりません。しかし、宇宙空間を記述するプログラムの開発には多くの時間と労力を要する上、計算量も膨大になるため、宇宙空間を再現する数値モデルの開発は容易ではありませんでした。

現実的なシミュレーションが可能になったのは、コンピューターの能力が大きく向上した1980年ごろからです。通信総合研究所でも、1990年代からスーパーコンピューターを導入し、3次元の電磁流体力学方程式を解いて、磁気圏の構造と磁気圏嵐の再現をするシミュレーションモデルの研究開発が始まりました。1990年代終わりには、高精度の磁気圏シミュレーションモデルが完成し、現実的な磁気圏が再現できるようになり、2003年には、太陽風観測衛星ACEで得られる太陽風データを入力して磁気圏モデルをリアルタイムで実行し、結果を表示する「リアルタイム磁気圏シミュレータ」の開発に成功しました。

宇宙の現況をコンピューターで再現する

我々は今回、このリアルタイム磁気圏シミュレータに加えて、新たに太陽・太陽風と電離圏・熱圏の2つのリアルタイムシミュレータを開発し、太陽面から地球周辺の高度100km位までの状態を再現する「リアルタイム宇宙天気統合シミュレータ」を構築しました(図2)。これは、太陽面から地球周辺までの空間をリアルタイムで統合的に計算できる世界で初めてのシステムです。

図2 リアルタイム宇宙天気統合シミュレータのデータの流れ

太陽・太陽風シミュレータでは、太陽観測衛星で取得された太陽面の磁場観測データを入力として、3次元電磁流体力学方程式を解くことにより、太陽面から地球軌道までの太陽風の状態を求めて表示します。これによって、地磁気嵐の原因となる高速太陽風がいつ地球に到達するかを知ることができます。

電離圏・熱圏シミュレータでは、磁気圏シミュレータで得られる電離圏の電位や電気伝導度などのデータをモデルの入力として、電離気体と中性大気の流体方程式を解いています。これにより、現在の電離圏、熱圏の状態や、極域電離圏におけるオーロラの発生の様子などを求めて、その結果を画像に表示することが可能となりました。この計算では、太陽風観測衛星ACEの太陽風データを磁気圏モデルの入力として磁気圏の計算を行い、その結果を直ちに電離圏モデルに送って電離圏の計算を行っています。

これらのリアルタイムシミュレーションは、2007年に導入されたスーパーコンピューターNEC SX-8R(図3)を用いて行われており、その結果は、2008年8月からNICTのWebサイトの「宇宙天気予報」の中で一般に公開されています。

図3 リアルタイムシミュレーションを実行しているNICTの

宇宙天気の数値予報に向けて

今回開発したリアルタイム宇宙天気統合シミュレータによって、太陽から地球周辺までの宇宙環境の現況を把握することが可能となりましたが、観測された変動やじょう乱を再現できない場合があることも分かってきました。現在、このシミュレータで得られた結果と衛星や地上観測のデータとの比較・検証を行ってモデルの改良を進め、じょう乱現象の定量的な再現性を高める作業を行っています。宇宙天気予報では、数時間から数日程度の予報が求められていますが、それには太陽風の数値予測が不可欠となります。太陽風が太陽面から地球軌道まで到達するのに数日かかることから、太陽・太陽風シミュレータの精度を高めることにより、数日先までの宇宙天気をある程度の精度で予測することは可能と思われます。太陽活動はまだ極小期ですが、3年ほど後に予想される太陽活動極大期に向けて数値予報技術の研究開発を進め、「宇宙天気数値予報システム」の構築を目指します。


Profile

品川裕之 品川裕之(しながわ ひろゆき)
電磁波計測研究センター 宇宙環境計測グループ 主任研究員
大学院終了後、米国NRC(NationalResearch Council)研究員を経て、1990年通信総合研究所(現NICT)に入所。1994年から2005年まで名古屋大学太陽地球環境研究所助教授。2005年からNICTにおいて宇宙天気シミュレーションモデルの研究開発に従事。九州大学宙空環境研究センター客員教授。Ph.D.。



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