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ボディエリアネットワークの
標準化とシステム開発 -健康見守り、視覚障がい者の安全補助へのアプローチ-  ワイヤレスネットワーク研究所 ディペンダブルワイヤレス研究室 主任研究員 李 還幇

ボディエリアネットワークとは

ボディエリアネットワーク(BAN: Body area network)は、体の表面、中およびそのごく近辺に配置されている小型端末を無線通信で結ぶことによって構築される無線ネットワークのことです。BANに体温、心電図、脈拍、3軸加速度計などのセンサーを取り入れることによって、体の健康状態と活動状況をリアルタイムにモニタでき、生活習慣病予防や高齢者見守り、そして看護負担軽減などに役に立ちます。さらに、ゲームコントローラやワイヤレスヘッドホンなどの身の回りで用いるレジャー用小型端末間の音声、画像、データのワイヤレス伝送にも利用できるため、安心、安全、便利な暮らしを支える技術の1つとして、注目を集めています(図1)。

図1●体を取り巻く各種小型端末を結ぶBAN
図1●体を取り巻く各種小型端末を結ぶBAN

NICTは、健康見守りやヘルスケアなどへの応用に重点を置きながら、BANの研究開発および標準化活動を行ってきました。

いよいよ成立するBAN標準規格

2007年12月に、IEEE802 LAN/MAN標準化委員会*1は、WPANワーキンググループ(WG15)の下に、タスクグループ6(TG6)を設け、BAN標準規格の制定作業をスタートさせました。TG6には、アメリカ、欧州およびアジアから30以上の研究機関、企業、および大学が集まり、共同で標準化作業を進めてきました。標準化を行うことによって、世界で共通に利用できるBAN仕様を定めるのが目的です。

図2●BAN標準化タスクグループTG6の組織図
図2●BAN標準化タスクグループTG6の組織図

NICTはTG6の立ち上げおよびその後の標準化作業において中心的な役割を果たし、法制化小委員会、チャネルモデル小委員会、技術仕様要求小委員会などを主導しました(図2)。BANを世界で共通に利用できるようにするために、通信方式や電波仕様などを定義する物理(PHY)層、そしてネットワーク形成とアクセス方法などを定義する媒体アクセス制御(MAC)層の規格を定めなければなりません。NICTからのPHY層およびMAC層の技術提案は複数採用されています。BANの標準規格はIEEE802.15.6という番号が付与され、そのドラフト第1版は2010年7月に完成されました。その後、郵便投票を通じてWG15のメンバーの意見を逐次取り入れ、2011年6月現在、同ドラフトの第4版が完成され、標準化委員会の承認を待って、2011年7月 にスポンサー郵便投票*2を開始する予定です。スポンサー郵便投票とそれに対するドラフトのアップデート作業は数ヶ月で終了する予定で、標準規格の成立は2011年末前後になる見込みです。

超広帯域無線を用いたBAN

BANは狭帯域技術または超広帯域(UWB: Ultra-Wideband)技術を用いて実装でき、それぞれ標準ドラフトの中で規格化されています。UWBは非常に広い周波数帯域幅にわたって電力を拡散させ、低い電力密度をもって高速通信を行う無線技術で(図3)、次のメリットが考えられます。

図3●UWBと狭帯域信号の電力スペクトラム
図3●UWBと狭帯域信号の電力スペクトラム

  • UWBは低消費電力という特徴があり、小型電池で長時間動作するBANにとって好適です。
  • UWBの放射電力密度は、携帯電話などの狭帯域信号のそれの数万~数十万分の一程度で、人体への影響は小さいと考えられます。
  • UWBは放射電力密度が低く、周波数が高いことから、電波の伝搬距離が限定的であり、システム間の共存にとって好都合です。

一般にUWBに割り当てられている周波数帯は、ローバンドとハイバンドに分けられ、国と地域によって使用可能な周波数帯域が異なります。また、UWBローバンドの使用は干渉低減の条件があったり、期間が限定されたりするため、UWBハイバンドを用いたシステムの開発が求められています。

開発例1: 健康見守りBAN

健康見守りBANは、腕時計型、ペンダント型、腰ベルト装着型などの体へ取り付けやすい小型端末と固定型端末から構成されます(図4)。これらの端末はそれぞれ脈拍、心電図、3軸加速度計、体重センサー等と組み合わせて用いられます。全ての端末は国内UWBハイバンドを用いて実装しました。

図4●健康見守りBANの構成
図4●健康見守りBANの構成

腰ベルト装着型端末はBANのハブであり、ネットワーク形成と制御、および他の端末へのチャネル割当を行うなどの役割を担っています。また、UWBの高速伝送特性を利用して、各端末からのデータ送信時間間隔を短くしています。各端末は1秒ごとにデータを送信していますが、1回のデータ送信とハブから受信したとの返信を受け取るまで約4ミリ秒で完了します。残りの時間は送受信を行わないスリープモードに移り、消費電力の削減につとめています。

開発例2: 視覚障がい者安全補助BAN

健康見守りBANは、国内で使用可能な7.25~10.25GHzを用いていました。一方、アメリカ、欧州、および日本などで共通に利用できるUWBハイバンドは7.25~8.5GHzです。世界で共通に使えるBANを目指して、センター周波数が8GHz、帯域幅が0.5GHzのBANを開発し、さらに、これを視覚障がい者の安全補助用システムとして試作しました。

このBANシステム(図5)は、サングラスにカメラを取り付けて交通信号などの色信号、腕時計型端末からは脈波、SpO2(血中酸素飽和度)、体温などのデータ、杖からは進路障害物検知情報などを取得させます。これらの情報をUWB経由でベルト装着ユニットに送り、認識した色を音声で教え、また、進路に障害物があるときに、これを検知し音声で告げます。さらに、デモ用のモニタに、障害物までの距離や、脈波、SpO2、体温など のデータを表示します。このシステムの試作によって、0.5GHzの世界共通UWBハイバンドを用いたBANの動作を実証することができました。

図5●視覚障がい者安全補助用BAN
図5●視覚障がい者安全補助用BAN

まとめ

BANは体を取り巻く小型端末からの情報、画像、データなどを利便的に取り扱うことができ、様々な利活用が可能です。成立を控えている標準規格はさらに拍車をかけ、安心、安全な福祉社会を実現する1つのコア技術として大いに期待されています。

なお、BANに対する国際標準化と技術開発は、医療支援ICTプロジェクトのメインタスクであり、同プロジェクトに共に携わってきたスタッフ各位、そして関係の皆様に深謝致します。

用語解説

*1 IEEE802 LAN/MAN標準化委員会
 IEEE( Institute of Electrical and Electronics Engineers、米国電気電子技術者協会)が、LAN(Local Area Networks、構内域ネットワーク)およびMAN(Metropolitan Area Networks、都市域ネットワーク)に関する技術標準化を行うために設立した委員会。この中のWG15では、WPAN (Wireless Personal Area Networks、個人用無線ネットワーク)の実現に向けた技術の検討をしている。

*2 スポンサー郵便投票(Sponsor Ballot)
 IEEE802 LAN/MAN標準化委員会 において標準規格を審議するプロセスの1つ。同標準化委員会のデータベースに登録されている専門家に標準ドラフトに対する意見を求め、75%以上の承認率を得てかつ新規の反対投票はないことを条件に、 標準ドラフトを標準委員会に送り、最終承認を求めることができる。

李 還幇 李 還幇(Li Huan-Bang)
ワイヤレスネットワーク研究所
ディペンダブルワイヤレス研究室 主任研究員

大学院博士後期課程修了後、1994年、郵政省通信総合研究所(現NICT)入所。移動体衛星通信、UWB、およびボディエリアネットワーク(BAN)などの研究に従事。電気通信大学大学院情報システム学研究科客員教授。IEEE802.15 TG6副議長。博士(工学)
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