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確かな技術で研究を支える 試作開発第2回
衛星コンポーネントのエンジニアリングモデル製作 -試作開発の高い技術が身近にあるからアイデアを実現できる- ワイヤレスネットワーク研究所 宇宙通信システム研究室 主任研究員 國森 裕生

NICTで行われる研究では、市販されていない部品が必要な場合も多くあります。市販されていなければ、新たに製作するしかありません。そうした研究者のニーズをくみ取り、必要となる部品を製作するのが「試作開発」で、社会還元促進部門研究開発支援室で実施している業務です。この試作開発の成果を研究者の視点から4号にわたって紹介します。

はじめに

ワイヤレスネットワーク研究所宇宙通信システム研究室では、衛星間、衛星-地上間の光通信システム実現のため、衛星搭載および光地上局の要素技術と運用技術の研究開発を行っています。このうち、私は光地上局の1つである宇宙光通信地上センターで通信・測位の実験を担当しています。

私の専門は、衛星レーザ測距技術(SLR)です。地上からレーザを衛星に照射し、その反射光を地上で受信し、距離を求めます。軌道の決定、光通信をするための捕捉追尾、さらには時刻の比較もできます。

衛星上にはコーナキューブリフレクター(CCR)と呼ばれる鏡やプリズムが搭載されており、それを各衛星の目的に応じて必要な数と大きさで配置したものをレーザ反射アレイ(LRA)と呼びます。今回ご紹介するのは、このLRAに関する試作に関するものです。

コンポーネント試作の動機

地上局のレーザや受信系、軌道の予報、測距精度について研究していくうちに、地上のものだけでなく、軌道上にあるCCRやLRAはどのような材料でどのように作られて精度を保っているのだろうと10年程前から強い興味を抱くようになりました。LRAは世界でこれまで50機以上の小型衛星や科学衛星に搭載され、現在でも30機以上で観測が行われています。しかし、国産のLRAは、1980年代に宇宙開発事業団(現宇宙航空研究開発機構: JAXA)が打ち上げた、測地実験衛星「あじさい」(EGS)など、わずか数例しかありませんでした。コンポーネント試作のきっかけは、5年程前にJAXAの宇宙科学研究所からある科学衛星のLRAを担当してくれないかと声をかけられたことです。LRAの研究は、後にJAXAとの共同研究になりました。

宇宙で動作する装置の製作は難しい

CCRは、直径数cmの互いに直交した3面をもつプリズムで、入射した光が3面にそれぞれ1回ずつ反射し最後は入射方向に光を戻すものです。この単純なコンポーネントでさえ宇宙に持っていこうとするとあらゆることを考えなければなりません。CCRは電気を消費しない受動的な機器です。それでも、打ち上げ環境や、機械、熱、放射線、光学、静電気などの宇宙環境に適合することを考えなければなりません。

試作開発に依頼

CCRの開発にあたっては、予算が少ないことも1つの理由でしたが、いわゆる大手メーカーに頼らず、自分達でできることは自分達でするという方針ですすめました。そうすると何が足りないか見えてきました。これを補うために、宇宙機器開発に関するノウハウをもっている人(個人)とのつながりが増えて、互いに切磋琢磨することで、いつの間にかチームになっていきました。

社会還元促進部門の試作開発にはCCRのホルダーの構造の製作を依頼しました。これは、直径30mm、高さ25mmの小さなものですが、振動や衝撃があってもCCRを傷つけない、温度が±100度変わってもCCRにひずみを与えないなど、試作開発の担当者も共にアイデアを出し合いました(図1)。

図1●構造アイデア CAD図
図1●構造アイデア CAD図

さまざまな環境試験の中で、もっとも過酷なのは衝撃試験で、これをパスするホルダーの構造について試行錯誤が続きました。衝撃試験(図2)中にCCRがホルダーから飛び出したり、1個数万円する貴重なプリズムが何回も割れる(図3)など困難もありました。そのたびに構造を変えて試験を繰り返し、最終的な構造に至るまで1年余りかかりました。

図2●衝撃ハンマー試験図2●衝撃ハンマー試験 図3●試験で割れたプリズム図3●試験で割れたプリズム

一方で、熱によるCCRのゆがみを光学的に調べるといろいろな問題があることがわかりました。ここでも、それを調べるためにホルダーに治具(部品加工などのための保持器具。英語のjigの当て字。)を追加するなど試作開発の協力を得ました。LRAは実際に試作開発棟において組み立てました(図4)。LRAの一部のエンジニアリングモデル*1を作成(図5)し、振動試験、衝撃試験、環境試験にパスしました。

図4●NICT試作開発棟クリーンブースでのLRAの組み立て図4●NICT試作開発棟クリーンブースでのLRAの組み立て 図5●完成したLRA図5●完成したLRA

将来に向けて

先に述べた科学衛星は、プロジェクト全体が中止になり、製作したエンジニアリングモデルはフライトモデル*2にはなりませんでした。しかし、プリズムタイプのCCR開発のノウハウは蓄積できました。今は別のタイプのCCRの構造とその搭載方法を検討中で、試作開発にCADやモデル製作を依頼しています。それらのコンポーネントをフライトモデルにして実際の衛星に搭載したいと考えています(図6)。

図6●次はフライトモデルで地上からレーザを照射し、実証
図6●次はフライトモデルで地上からレーザを照射し、実証

用語解説

*1 エンジニアリングモデル
 衛星開発において、実際に搭載する設計と同じ設計で衛星(コンポーネント)モデルを作成し、環境試験、機能試験を経て衛星搭載の条件を満足しているかを調べるモデル。抽出された課題は、設計にフィードバックされる。

*2 フライトモデル
 エンジニアリングモデルで確かめられた最終の設計で製作する搭載モデル。

試作依頼研究者
國森 裕生
 
國森 裕生(くにもり ひろお)
ワイヤレスネットワーク研究所 宇宙通信システム研究室 主任研究員

大学卒業後、1981年、郵政省電波研究所(現NICT)に入所。鹿島支所にてVLBI(超長基線電波干渉計)、郵政省(当時)にて電気通信標準化を担当。1989年より時空計測SLR(衛星レーザ測距)の研究に携わり、宇宙光通信地上局を担当しつつ、衛星のコンポーネント開発とマネージメントに従事。
試作開発スタッフから一言
小室 純一 小室 純一(こむろ じゅんいち)
社会還元促進部門 研究開発支援室 主幹

石英ガラス製のCCRが衝撃試験で割れてしまうという相談を受けた際、ポイントはCCRの支持方法にあると感じたのでアイデアを練り、オリジナルの支持方法を提案しました。部品点数の少ないシンプルな構造ですが、必要とされる機能を確保しています。ただ、製作するにはちょっとした加工技術が必要なので、製作している現場ならではの設計とも言えるかもしれません。サンプルを何度も作り、振動、衝撃試験などの環境試験にパスし、アイデアが採用されたときは安堵しました。

このときから3次元CADソフトを積極的に設計に利用しはじめCADソフト内に構築されたモデルの重量計算や空間内での部品同士の干渉の確認、また、プレゼンテーションなどに威力を発揮するようになりました。なお、設計の初期段階で試作するときに、本格的に切削加工すると時間がかかるので、最近3次元造型機を導入しました。これを利用すれば、3次元モデルも容易に製作可能になっているので、設計作業を効率的にすすめることができます。

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