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フェーズドアレイ気象レーダの研究開発 - ゲリラ豪雨の詳細な3次元構造を10秒で観測 - 電磁波計測研究所 センシングシステム研究室 主任研究員 佐藤 晋介/大阪大学 大学院工学研究科 准教授 牛尾 知雄/株式会社 東芝 電波応用技術部 主務 水谷 文彦

はじめに

近年、日本各地で局地的大雨(いわゆるゲリラ豪雨)や竜巻・突風等といった突発的、局所的な現象による災害が社会問題となっています。これらの現象を捉えるには気象レーダが有効な手段ですが、日本全国をカバーするように気象庁や国土交通省により整備されている大型のCバンド気象レー*1では局所的現象を観測するには時間、空間分解能が不十分でした。そこで、数年前からXバンドMPレー*1と呼ばれる小型レーダが国土交通省によって都市域を中心に整備され、地上付近の降雨分布は1分ごとに観測できるようになりました。しかし、雨は上空の雲内で生成されて地上に降ってくるため、その前兆現象を捉えたり発達過程を調べるためには3次元立体観測が必要となります。現業の気象レーダでも3次元観測は実施されており、パラボラアンテナの仰角を順々に10数回変えながら360度回転させるボリュームスキャンという方法が使われています。しかし、この方法で降雨の3次元構造を捉えるには5分以上の観測時間が必要であるため、隙間の空いた3次元データしか得られません。積乱雲からもたらされる局地的大雨は、降り始めから豪雨になるまでのリードタイムが数分しかなく、竜巻、突風についてはその発生、発達、消滅までが数分以内の現象です。また、これらの現象が起こるのは数km四方以下の極めて狭い範囲に限られます。このような時間、空間スケールの小さな現象による局所的気象災害の予測、軽減のためには、まずはそれらの3次元立体構造を詳細に観測することが第一歩となります。

フェーズドアレイレーダの開発

NICTでは10秒以内に3次元降水分布を100mの分解能で観測することを目標とした委託研究「次世代ドップラーレーダ技術の研究開発」を2008年に公募し(図1)、株式会社東芝と大阪大学が受託しました。この目標を達成するため、東芝、大阪大学、NICTの産学官連携チームによるシステム検討の結果、仰角方向に電子走査を行う1次元フェーズドアレイアンテナ*2を方位角方向に360度機械回転させることで、1回転で隙間のない3次元ボリューム観測を行う方式を採用することとしました(図2)。フェーズドアレイレーダでは方位角方向にも仰角方向にも自由に電子的にアンテナ走査が可能な2次元フェーズドアレイが有名ですが、2次元アレイで気象レーダに要求されるビーム幅1度程度のペンシルビームを形成するためには100×100個程度のアンテナ素子が必要となるためコスト的に実用化が難しくなります。そこで、128本のスロットアンテナを縦方向に積み上げた約2m四方のXバンド1次元アレイアンテナを採用することで、従来のパラボラアンテナ型レーダと同程度の価格帯を目指すことにしました。気象レーダでは雨粒という小さなターゲットからの体積散乱を観測するために少なくとも数10回程度の送信パルスから反射されるデータを積分する必要があります。そのため、アンテナを電子的に素早く動かすだけでは観測時間の短縮は図れません。本レーダでは図2に示すように、送信波は仰角方向に幅の広いファンビームを形成し、受信時にデジタルビームフォーミング(DBF)*3という方法で細いビームを複数同時に形成することで、大幅な観測時間の短縮を実現しました。主な観測モードとして、観測範囲半径25kmの詳細観測モードが10秒、半径60kmの通常観測モードが30秒で、隙間のない(仰角数110以上)3次元観測が可能となっています。

図1 NICT委託研究「次世代ドップラーレーダ技術の研究開発」
図1 NICT委託研究「次世代ドップラーレーダ技術の研究開発」(図をクリックすると大きな図を表示します。)

図2 1次元フェーズドアレイとDBFの概念図
図2 1次元フェーズドアレイとDBFの概念図

試験観測結果の3次元可視化

2012年5月に大阪大学吹田キャンパスの電気系建屋の13階屋上に開発したフェーズドアレイ気象レーダを設置しました(図3)。この場所は、障害物もほとんどなく360度方向に見通しがきく理想的なレーダ観測サイトで、その観測範囲を図4に示します。6月から開始した試験観測結果の中から、積乱雲による降雨事例を2つ紹介します。図5は7月22日に大阪平野の北側の北摂山系に発生した降雨で、ほぼ東西に並んだ3~4個の積乱雲内部で生成された雨が次々に発達・落下する様子が観測されています。1つの積乱雲による降雨エコーの水平スケールは10~15km、エコー高度は最大12kmで、図示した時間には水平40km程度に降雨域が広がっている様子が分かります。その東側(図の右側)に連なる背の低い降雨エコーの時間変化を見ると、高度2~3km程度の大気境界層内(太陽放射で暖められる地表面の影響を受ける層)で成長・衰退を繰り返しており、発達した降雨とは何らかの環境条件が異なると考えられます。図6に示す7月26日の事例では、1つの積乱雲エコーの大きさは水平3km、鉛直8km程度ですが、高度4~6kmにゲリラ豪雨の卵とも呼ばれるファースト・エコーが現れたあと急激に成長しながら数分間で地上まで滝のように落下する様子が観測されました。気象学的な解析はこれからですが、このような観測事例を調べることで、どのようなエコーが急激に発達して大雨をもたらすかなどの新しい知見が得られることが期待されます。また、このような3次元データをリアルタイムで処理することができれば局地的大雨の短時間予測情報にもつながると考えられます。

図3 大阪大学に設置されたフェーズドアレイ気象レーダ
図3 大阪大学に設置されたフェーズドアレイ気象レーダ

図4 フェーズドアレイ気象レーダの観測範囲
図4 フェーズドアレイ気象レーダの観測範囲

図5 2012年7月22日18:51:20の3次元降水分布
図5 2012年7月22日18:51:20の3次元降水分布

図6 2012年7月26日 17:38:16の3次元降水分布
図6 2012年7月26日 17:38:16の3次元降水分布

データ処理・利用システム

本レーダで距離60km(100m間隔)、方位角360度(1.2度間隔)、仰角90度(仰角数110以上)の観測を30秒間で行うということは、従来のパラボラアンテナ型気象レーダが15仰角の3次元観測を5分間で行うことに比べて約70倍のデータレートの大規模データが生成されることを意味します。実際の観測データは図7に示すGPGPUを用いたデータ変換部で生成され、10秒観測モード時に最大データレート220Mbpsとなります。この観測モードで24時間連続観測を行うとデータ容量は2.3TBとなり1日分のデータ保管だけで汎用USB-HDDが溢れてしまいます。また研究目的で保存されるDBF処理前のIQデータは6Gbpsのデータレートとなります。これら大量の観測データは大阪大学の学内LANに接続される阪大APサーバとL3スイッチ経由でJGN-Xに接続されるデータ中継サーバを通して、NICTサイエンスクラウドのペタバイトストレージ(NICTけいはんな)に保存する予定となっています。サイエンスクラウドを利用する利点はデータアーカイブだけでなく、解析研究などで大容量データを利用する外部ユーザにも便利な共用プラットホームを提供できることです。さらに、前述した3次元可視化などに必要な膨大な計算にはサイエンスクラウドのマルチコア処理を活用することを考えています。

図7 データ処理・利用システム
図7 データ処理・利用システム(図をクリックすると大きな図を表示します。)

今後の展望

日本で初めて開発されたフェーズドアレイ気象レーダはレーダ先進国の米国でも注目されており、実用化にかなり近いシステムと考えられています。フェーズドアレイの弱点として、アンテナ・サイドローブレベルの性能が悪く、地表面クラッタエコーの混入が問題になることがありますが、大阪大学が今回開発したアンテナパターンを自動調整するMMSE法*4が有効に作用することが期待されています。また、本レーダにはXバンドMPレーダで普及した二重偏波観測機能がないため、降雨量の計測精度を懸念する意見もありますが、複数台のレーダ観測により多くの降雨減衰補正は可能と考えています。その実証のためにもクラウドによるリアルタイムデータ処理の実現は重要であり、近畿地方の4台の国土交通省MPレーダや自治体レーダとのコラボレーションも期待されます。今後は多くの気象観測データが組織や省庁間の壁を越えてクラウドコンピューティングによりデータ利用ができるようになることを願っています。

*1 Cバンド気象レーダ/XバンドMPレーダ
日本の気象レーダはCバンド(5GHz帯、波長約6cm)およびXバンド(9GHz帯、波長約3cm)の周波数帯が使われている。従来は大型のCバンドレーダが主であったが、近年アンテナの小型化が可能なXバンドを用いたドップラー及び二重偏波観測が可能なマルチパラメータ(MP)レーダの導入が進められている。

*2 フェーズドアレイアンテナ
多数のアンテナ素子を配列し、それぞれの素子における送信及び受信電波の位相を制御することで、電子的にビーム方向を変えることができるアンテナ。

*3 デジタルビームフォーミング(DBF)
多数のアンテナ素子で構成されるアレイアンテナにおいてそれぞれのアンテナ素子の信号をデジタル処理することにより、複数のアンテナビームを形成する技術。本レーダでは仰角方向に5~10度程度の広いビーム幅の電波を送信して、雨粒の散乱で戻ってくる電波を128本のスロットアンテナで独立に受信し、その受信信号をソフトウェア上で合成処理することで、約1度の分解能で全角の観測値を同時に得ることができる。

*4 MMSE法
DBFでアンテナビームを形成する際には従来フーリエ法などが使われてきたが、地表面などによる特定方向からの不要な強いエコーを除去するためにMMSE(Minimum Mean Square Error: 最小2乗誤差法)というアルゴリズムを用いて、その方向にアンテナパターンのヌル点を自動形成する技術を今回の1次元フェーズドアレイ気象レーダ用に開発した。

佐藤 晋介 佐藤 晋介(さとう しんすけ)
電磁波計測研究所 センシングシステム研究室 主任研究員

大学院博士課程修了後、1995年郵政省通信総合研究所(現NICT)に入所。衛星搭載二周波降水レーダ(GPM/DPR)、沖縄偏波降雨レーダ(COBRA)、フェーズドアレイ気象レーダなどに関する研究開発に従事。博士(理学)。
牛尾 知雄 牛尾 知雄(うしお ともお)
大阪大学 大学院工学研究科 准教授

1998年大学院博士課程修了後、大阪府立大学を経て、2006年より現職。電波リモートセンシング、地球観測、雷放電、環境電磁工学などの研究に従事。博士(工学)。
水谷 文彦 水谷 文彦(みずたに ふみひこ)
株式会社 東芝 電波応用技術部 主務

2003年大学院博士前期課程修了後、2003年より現職。気象レーダシステムや気象予測システムなどの製品開発業務に従事。修士(理学)。気象予報士。
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