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6500万年にわずか1秒の誤差!
光格子時計の精度を世界で初めて光ファイバで結び実証

~ 標高差56mによる相対論的な時計の“ずれ”もリアルタイムに検出 ~

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2011年8月4日

独立行政法人情報通信研究機構(以下「NICT」、理事長:宮原 秀夫)と国立大学法人東京大学(以下「東大」、総長:濱田 純一)は、それぞれが独自に開発を行ってきた「光格子時計」を60kmの光ファイバ(NICT:東京都小金井市-東大:本郷キャンパス)で結び、双方の時計で生成される周波数の比較実験を行いました。その結果、これらの光格子時計が6500万年に1秒の精度で一致した時を刻むことを確認し、光格子時計により、16桁に到達する高い精度が実現できることを世界で初めて実証しました。 同時に、これら2地点における標高差56mに起因する一般相対論的重力シフトをリアルタイムで検出しました。

この成果は、応用物理学会英文速報誌「Applied Physics Express」に8月4日(木)オンライン公開されます。

本研究は、独立行政法人科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究、CREST型研究、内閣府 最先端研究開発支援プログラム(FIRST)及び文部科学省 光・量子科学拠点形成に向けた基盤技術開発の一環として行われたものです。注)

背景
2地点における光格子時計の周波数比較実験
2地点における光格子時計の周波数比較実験

高精度の時計の性能は、同等又はそれ以上の性能の時計と周波数を比較することで評価されます。また、時計により得られた周波数を周波数標準として利用するためには、物理的に離れた場所で、完全に独立した複数の時計の周波数が一致していることを確認できなければなりません。しかし、進展著しい光原子時計においては、遠距離にある時計の周波数の差をその性能に見合う正確さで、高速に計測する手段がなかったため、これまで15桁までしか時計の信頼性が保証されていませんでした。

今回の成果

このたび、NICTは、次世代周波数標準として注目される「光格子時計」と「超高精度光ファイバ周波数伝送システム」を独自に開発して、NICTの「光格子時計」と24km離れた(光ファイバ長60km)東大の「光格子時計」との周波数比較実験を行いました(右上図参照)。その結果、56mの標高差による一般相対論的重力シフトをリアルタイムに検出し、その影響等を補正することで双方の時計が16桁(6500万年に1秒)の精度で一致することを確認しました。これは、異なる機関が離れた地点で独自に開発した光原子時計が、16桁の精度で一致することを世界で初めて実測した事例であり、光周波数標準の研究開発におけるマイルストーンとなるものです。また、このことにより、日本発のアイディアである光格子時計について、その周波数標準としての普遍性と日本の技術開発力を立証し、同時に、現在実現可能なほぼ最高精度の周波数標準を遠隔地に向けて品質劣化させることなく伝送する技術を確立しました。

今後の展望

今回の成果により、日本で考案された光格子時計を用いて、国際基準としての1秒を再定義することが、一段と現実味を帯びてきます。さらに、今後、精度がもう一桁向上すると、周波数差から重力ポテンシャルの情報を得て、地下資源探索等に用いるなど地球科学や他の分野での応用にも供することができます。また、開発した周波数伝送技術によってNICTが生成・維持する多様な時刻・周波数標準を遠隔地に光ファイバで供給すれば、生産・研究現場の精密機器に用いられている基準周波数をいつでも、ごく短時間に校正できるようになります。

応用物理学会英文速報誌 「Applied Physics Express」 Vol. 4 (2011) No.8 Article No: 082203
“Direct Comparison of Distant Optical Lattice Clocks at the 10-16 Uncertainty”
Atsushi Yamaguchi, Miho Fujieda, Motohiro Kumagai, Hidekazu Hachisu, Shigeo Nagano, Ying Li, Tetsuya Ido, Tetsushi Takano, Masao Takamoto, and Hidetoshi Katori

  • 独立行政法人科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業ERATO型研究 「香取創造時空間プロジェクト」
  • 独立行政法人科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST) 「先端光源を駆使した光科学・光技術の融合展開」 研究領域における研究課題「超狭線幅光源を駆使した量子操作・計測技術の開発」
  • 内閣府 最先端研究開発支援プログラム (FIRST) 「量子情報処理プロジェクト」
  • 文部科学省 光・量子科学研究拠点形成に向けた基盤技術開発 「最先端の光の創成を目指したネットワーク研究拠点プログラム」



補足資料

1. 周波数リンク概要

2地点における光格子時計の周波数比較実験の概要

今回の実験では、87Sr原子による光格子時計を双方で利用しています。87Sr原子の時計に使用する原子遷移はその波長が698nmですが、この波長の光は光ファイバでは伝送できないため、光ファイバで用いられている通信帯波長1.5μmに波長変換を行います。そのための技術として光周波数コムがあります。光周波数コムは、等間隔の多数の線スペクトルからなる周波数スペクトルを持ちます。光格子時計の光信号に対してコムスペクトル全体を安定化(ロック)し、安定化されたコムに対して1.5μm光の2倍波を安定化します。すなわち、コムスペクトルを物差しとして使い、伝送する1.5μmの光をNICTの光格子時計が発生する光と同期させます。そして、この1.5μmの光を東大へ伝送しますが、光信号が光ファイバを通過する際には、通常、振動・温度変化等の雑音が重畳されます。その影響を評価するために、伝送されてきた光の一部を東大側からNICTへ戻し、この戻ってきた光からNICT側はどのような雑音がファイバによって印可されたかを知ることが可能となります。その雑音を打ち消すように送信する光を変調することにより、東大側にNICT側と同等の光格子時計にリンクされた信号を実現します。この光の倍波と東大のSr光格子時計の光を再び周波数コムを介して比較することによって、両時計の周波数差を計測することができます。

2. 観測された周波数差とその安定度

観測された周波数差とその安定度

a)は、1秒ごとに取得された両方の光格子時計の周波数差 (NICTの時計周波数から東大の時計周波数を減じたもの)を示しており、NICTの時計が平均して3-4Hz高い周波数を出しているのが分かります。これは、主にNICTの方が標高が高いために重力が小さく、したがって、時間の進みが早いためです。
    b)は、両時計の周波数差について測定の平均時間が長くなると、その周波数差の不確かさが小さくなっていく様子を示しています(アラン偏差)。1000秒積算すると4.5×10-16 の不確かさ、つまり430THz×4.5×10-16 = 0.19Hzまで周波数差が確定します。アラン偏差は、一定の平均時間の測定を繰り返したときに測定がどの程度ばらつくかを表す指標です。もしも、周波数差が長期にわたって時間と共にずれて行く場合は、アラン偏差は、b)のように平均時間とともに減少することなく、底を打って大きくなってしまいます。したがって、これは、NICT・東大双方の時計が互いにずれることなく、一定の周波数を生成していることを示しています。

3. 重力シフト等既知の周波数差要因を補正した後の2つの時計の周波数差

重力シフト等既知の周波数差要因を補正した後の2つの時計の周波数差

上図は、重力シフト等のシフト要因を補正して、NICTと東大の2台の光格子時計の周波数差を比較したデータを示しています。全測定の平均とその平均値の不確かさを評価すると、両者の周波数は0.04±0.31Hzしかずれていません。これにより、光格子時計について周波数標準として0.3Hz / 430THz = 7×10-16の精度が実現されることを意味しています。このように、異なる機関の研究所に所在する二つの光原子時計の同一性が16桁の精度で一致していることはこれまで確認されたことはなく、今回の実験結果は、我々がより高精度な1秒を共有するための重要なマイルストーンになります。


用語解説

光格子時計

2001年に東京大学工学系研究科の香取秀俊准教授(当時)によって提案され、2005年に実現された新しい光原子時計の方式。光を用いて空間内に格子状に位置する場所に原子が固定された状態を作り、スペクトルの不確定性を大幅に減少させる技術を用いています。現在、ほとんどすべての先進国の標準研究所でその開発が精力的に進められています。

光ファイバ

NICTが運用する光ネットワークテストベッドJGN2plus(今回の実験当時)の中の小金井-大手町間45km及び商用ダークファイバを利用しました。JGN2Plusについては、2011年3月に役割を終え、現在新しくJGN-Xとして引き継がれています。

6500万年に1秒(16桁)の精度

時計の精度が16桁あるということは、この時計を使用すると15桁目が1ずれるような時間の差、すなわち、
1.000 000 000 000 000秒と1.000 000 000 000 001秒の差がはっきりと区別できるということです。しかしながら、この1×10-15秒(一千兆分の1秒)というのを我々は実感することができません。そこで、逆に「1秒の違いをはっきりと区別できる」という表現に変えると、6500万年と6500万年+1秒の差が区別できるということになります。この区別ができるのは、6500万年の間に時計が1秒以上ずれないためであり、したがって、簡単に「6500万年に1秒の精度」と表現しています。

一般相対論的重力シフト

一般相対論は、重力場の存在によって時の経過が遅くなることを示唆しています。重力場は、標高が高くなるほど弱くなるため、武蔵野台地の上にあるNICT本部(東京都小金井市)の光格子時計は、それより低い標高に位置する東大の時計よりその振動が早くなり、NICTにある原子時計が生成する周波数は、東大のそれに比べて高くなります。一般相対性理論による重力シフトの効果は、これまで主に人工衛星等宇宙のスケールや1000m程度もしくはそれ以上の標高差においてその影響が考慮されてきましたが、 今回の実験では、平地間の実験でわずか56mの標高差に起因する重力の違いにもかかわらず、実験精度が非常に良いため(過去の実験に比較して桁違いに良いため)、その影響を明瞭に観測することができました。

周波数標準

物理量の計測は、基準になるものを用意して、測定される量がこの基準の何倍かを測定することによってなされます。この基準になるものを標準といい、時間や周波数の基準になるものを周波数標準といいます。同じ時間を測定したら必ず同じ数字の結果が出てくるためには、この基準量の普遍性は非常に重要であり、いつ、どこでも、だれが使っても基準が同じである必要があります。

次世代周波数標準

周波数標準は、より周波数が高い振動現象で定義すると、一定時間の計測における分解能が上がって、より有利になります。そこで、現在主に使用されているマイクロ波での周波数標準でなく、次世代の周波数標準として、より周波数が高い光の周波数を標準とすることを目指して、その開発が世界各国の研究所で精力的に行われています。

超高精度光ファイバ周波数伝送システム

光ファイバは、振動や温度変化による伸縮が生じるため、ファイバを透過した光は、通常は透過前に対して周波数シフトが生じます。このシフトを検出し、その反対の周波数シフトを伝送前にあらかじめ施すことによって、高精度の周波数標準を遠隔地に周波数シフト無く伝送するシステムのこと。

1秒の再定義

現行の1秒は、セシウム原子の9.2GHzのマイクロ波遷移で定義されています。しかし、近年、ストロンチウム(Sr)を用いた光格子時計やアルミニウム(Al)イオンを用いたイオントラップ時計など光の領域での遷移を使った原子時計により、より精度が高く安定した周波数が得られることが確認され、これらの光領域での遷移を使って秒を定義し直すことが提案されています。

 

本件に関する 問い合わせ先

電磁波計測研究所 時空標準研究室

井戸 哲也
Tel: 042-327-6527
Fax: 042-327-6694
E-mail:

広報 問い合わせ先

広報部 報道担当

廣田 幸子
Tel: 042-327-6923
Fax: 042-327-7587
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