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有機電気光学ポリマーとシリコンを融合した超小型・高性能な「電気光学変調器」の開発に成功

~超高速オンチップ光配線、チップ間光通信の実現に大きく前進~

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2013年10月21日
ポイント

    • シリコンチップ(シリコン光電子回路)上に有機電気光学ポリマーを集積化する新たな技術を開発し、電気光学変調器の飛躍的な小型・高性能化に成功
    • 従来の素子と比べ、1000分の1の素子サイズ、10倍の素子性能を達成
    • シリコンチップ内の電気配線を超高速な光配線に置き換えることが可能となり、スパコンなどの高性能コンピュータの高速・低消費電力化や巨大化する情報通信システムの小型・高速化、省エネルギー化に貢献

独立行政法人 情報通信研究機構(以下「NICT」、理事長: 坂内 正夫)は、有機・シリコン融合フォトニクス技術を用いて、電気信号を光信号に置き換える電気光学変調器の大幅な小型・高性能化に成功しました。従来の素子と比べ、素子サイズを1000分の1に小型化したほか、変調効率を10倍以上向上させました。これは、シリコンチップ内やチップ間で100GHz以上の超高速信号の伝送を可能とする光配線技術の実現につながるもので、コンピュータ処理能力や情報通信速度の飛躍的な向上、巨大化する情報通信システムの小型・省エネルギー化が期待されます。
なお、本研究成果は、米国応用物理学会誌Applied Physics Letters(電子版2013年10月21日(米国時間)発行予定)に掲載されます。

背景

スマートフォンやクラウドコンピューティングなどの普及に伴い、情報通信システムは急速に巨大化しており、通信速度の向上と機器の低消費電力化、小型化の実現が極めて重要な課題となっています。コンピュータや情報通信システムでは、シリコンLSIが中核を担っていますが、処理速度の高速化に伴い、電気配線の消費電力の増大や電気配線による信号遅延が深刻な問題となっています。このため、シリコンチップ内やチップ間の超高速な情報伝送を低消費電力・小型で実現できる光配線技術の開発が期待されています。この光配線技術のキーデバイスの一つが、電気信号を光信号に変換する「電気光学変調器」です。従来、無機酸化物結晶であるニオブ酸リチウム(LN)を用いた電気光学変調器が実用化されていましたが、素子サイズが10cm程度と大きく、チップ内やチップ間における光配線への利用は不可能でした。近年、そのような問題を解決するため、集積化・低コスト化に適したシリコンフォトニクスシリコン光変調器の開発が進められていますが、動作速度が数十GHzまでであり、高速化に限界がありました。このため、100GHz以上の超高速動作が可能な小型・低消費電力の電気光学変調器を実現するための新しい技術の開発が必要とされていました。

今回の成果
有機・シリコン融合型電気光学変調器の模式図
有機・シリコン融合型電気光学変調器の模式図

NICTでは、新たに開発した有機・シリコン融合フォトニクス技術を駆使し、シリコン1次元フォトニック結晶構造と有機電気光学(EO)ポリマーとを組み合わせることで、従来の代表的な電気光学変調器であるLN変調器と比べ、素子サイズを1000分の1に小型化し、変調効率を10倍以上向上させることに成功しました。
有機電気光学ポリマー材料は、高い電気光学係数と超高速応答性(100GHz以上)を持っていますが、その屈折率が小さいため、小型・集積化は困難であると考えられてきました。今回の成果は、シリコン1次元フォトニック結晶と有機電気光学ポリマーとのハイブリッド構造を実現することで、数百ナノメートル以下という微小領域に光を閉じ込めて伝搬させることが可能となり、これによって素子サイズの大幅な小型化を実現しました。また、フォトニック結晶構造の中では、「スローライト」という減速した光状態をつくり出すことが可能であり、この効果を利用してデバイス内の電気光学特性を大幅に増大させることで、電気信号から光信号への変換効率を高めました。
今回開発した電気光学変調器は、非常にシンプルな構造で、既存のシリコンCMOSプロセス、シリコンフォトニクスとの整合性も高く、低コスト化、実用化に適した構造でありながら、従来のLNやシリコンCMOSフォトニクスでは、決して実現できない(1)低消費電力、(2)超小型、(3)超高速という3つの特性を併せ持っています。これは、100GHzを超える超高速・低消費電力なオンチップ光配線、チップ間の光通信の実現につながるものとして期待されます。

今後の展望

今回の成果は、LSIのボトルネックとなっている電気配線部を光配線に置き換える、超高速な光配線技術、光/電子融合集積回路の実現可能性を飛躍的に高める新しい技術として大いに期待されます。NICTでは、今回開発した世界をリードする有機・シリコン融合集積フォトニクス技術を更に発展させ、電気光学デバイスの一層の高性能化を目指すとともに、安定性や信頼性の検証といった実用化に向けた取組を進めていきます。


<掲載論文>
米国応用物理学会誌 Applied Physics Letters
 電子版: http://scitation.aip.org/content/aip/journal/apl
 掲載論文名:Electro-optic polymer/silicon hybrid slow light modulator based on one-dimensional photonic crystal waveguides



補足資料

図1:本研究の結果、実現可能性が拓かれる新たな光・電子融合領域

図1:本研究の結果、実現可能性が拓かれる新たな光・電子融合領域

情報処理の光化を進めるためには、複雑な論理処理に優れた電子集積回路と、高速化・省エネルギー化に有利な光集積回路とを融合する技術の開発が不可欠です。今回開発した有機・シリコン融合型電気光学変調器は、エレクトロニクスとフォトニクス、両技術のメリットを1チップ上で融合し、低消費電力・超小型・超高速動作という特徴を兼ね備えた理想的な電気光学変調器の実現可能性を拓くものです。


(a) 変調器の模式図
(a) 変調器の模式図
(b) 断面の拡大模式図
(b) 断面の拡大模式図
(c) シリコン1次元フォトニック結晶の電子顕微鏡(SEM)写真
(c) シリコン1次元フォトニック結晶の電子顕微鏡(SEM)写真
(d) 断面の電子顕微鏡(SEM)写真
(d) 断面の電子顕微鏡(SEM)写真

図2:今回開発したマッハツェンダ型の有機・シリコン融合型電気光学変調器

図2(a)、(b)に示す有機・シリコン融合型電気光学変調器を、極めて高精度なナノ微細加工技術と有機・シリコン融合プロセス技術を新たに開発することで作製しました。シリコンと有機材料とのハイブリッド構造では、屈折率の小さな有機材料でも十分な屈折率差を確保できるため、光の群速度を低下させることができ、ナノ微小領域での光閉じ込め、光伝搬が可能になります。
図2(c)に示すシリコン1次元フォトニック結晶は、シリコン細線導波路で構成される光集積回路との整合性が高く、2次元フォトニック結晶と比較し、同等のスローライト効果を得られるだけでなく、デバイス専有面積を大幅に小さくすることが可能です。よって、実用性を備えたシンプルな構造でありながら、スローライト効果による変調効率の飛躍的な向上と素子サイズの小型化を実現することができました。
また、有機電気光学(EO)ポリマーは、製膜後、電界ポーリング(分子配向処理)が必要ですが、従来のシリコンスロット導波路では、シリコン電極間のリーク電流が原因で、EOポリマーの分子配向特性が大きく低下する問題がありました。今回、開発したシリコン1次元フォトニック結晶とEOポリマーとのハイブリッド構造(図2(b)、(d))は、分子配向制御に適した構造であることが特徴であり、シリコンナノプラットフォーム内において、バルク状態と遜色ない優れた配向特性を示します。




図3:有機・シリコン融合型電気光学変調器の(a) 各印加電界に対する光出力スペクトル特性 (b)デバイス内有効電気光学係数(r33 eff.値)と群屈折率の波長依存性

図3:有機・シリコン融合型電気光学変調器の
   (a) 各印加電界に対する光出力スペクトル特性
   (b)デバイス内有効電気光学係数(r33 eff.値)と群屈折率の波長依存性

 

図3(a)に示すように、作製した有機・シリコン融合型電気光学変調器を用いて明瞭な光変調特性を観測しました。印加電界に応じた光出力スペクトルのシフト量からデバイス内性能指数(有効電気光学係数r33 eff.)を求めた結果、r33 eff.値として343pm/Vという、ニオブ酸リチウム変調器の10倍以上の性能に相当する極めて高いデバイス性能を達成しました。これは、従来素子に対し、光変調効率が10倍以上向上したことを意味し、同じ素子サイズで比較した場合、1/10の省電力化に相当します。
また、さらに、図3(b)に示すr33 eff.値と群屈折率の対応関係から、群屈折率の上昇(光の群速度の低下)に伴ってデバイス性能であるr33 eff.値が大きく増大していることが直接的に示されました。これは、スローライト効果、つまり光の群速度を人工的に低下させることで、電気光学変調器の性能を大幅に向上できることを実証しています。



用語 解説

有機電気光学(EO)ポリマー

高い電気光学(Electro-Optic)係数を有する有機ポリマー(高分子)材料。光・高周波電気信号間での屈折率差が小さく、高速光変調動作に有利。近年、代表的な電気光学材料であるニオブ酸リチウム(LN)よりも大きなEO係数を示す有機電気光学ポリマー材料が開発されている。

電気光学変調器

電気信号を光信号に変換するためのデバイス。光変調器とも呼ばれる。電圧によって材料の屈折率が変化する電気光学(EO)効果が利用される。電圧により屈折率を変化させることで光の速度を変え、それにより生じる光の位相変化は、マッハツェンダ干渉計などの構造により、光の強度変化として出力される。従来このような電気光学変調器は、ニオブ酸リチウムが主に使用されてきた。

有機・シリコン融合フォトニクス技術

有機材料の優れた光機能性とシリコンフォトニック構造の集積性やスローライト特性の双方のメリットを1チップ上で融合する技術。半導体デバイスの限界を超える有機材料の性能とシリコンベースの実用性を兼ね備えた新たな技術として期待されている。

シリコンフォトニクス

シリコンを材料として各種の光デバイスを作製する技術分野。シリコンLSIを製造するための材料やプロセス技術、製造設備をフォトニクスにも適用することで、高密度な光・電子集積回路の実現や作製コストの低減が期待されている。近年世界中で研究開発競争が活発化しており、一部実用化も始まっている。

シリコン光変調器

シリコンを使った光変調器。シリコンは電気光学効果を持たないため、光変調の動作原理としてキャリアプラズマ効果(キャリア濃度の密度変化)を利用している。このため、その動作速度はキャリアダイナミックスに依存し、一般的に数十GHzまでが限界となる。

フォトニック結晶

光波長程度のスケールで屈折率を周期的に空間変調した光ナノ構造物。フォトニック結晶の中では、光分散関係を人為的に操作することができるため、一様媒質中では起こり得ないフォトニックバンドギャップやスローライトなどの特異な光状態を創出することができる。そのような性質を用いて、光をナノ微小領域に閉じ込めたり、光と物質間の相互作用を人工的に操作したりすることが可能となる。

スローライト

光の進む速度(群速度)を人為的に減速させた極限的な光状態。フォトニック結晶のような構造光分散や電磁誘導透過(EIT)のような材料光分散を利用することによって実現される。スローライト状態は、光と物質の相互作用力を飛躍的に高めるため、非線形光学応答や位相変化の増強、それを利用したデバイス性能の向上などが期待できる。

CMOSプロセス

CMOS(Complementary Metal Oxide Semiconductor)プロセスは、標準的な半導体構造であるCMOS(相補型金属酸化物半導体)を利用したシリコンLSIチップを製造するための技術工程。このCMOSプロセスに適合する手法で光デバイスを作製できれば、従来のエレクトロニクス用の半導体工場をフォトニクスの製造工程に流用することが可能となり、圧倒的なコスト削減効果が期待される。



本件に関する 問い合わせ先

未来ICT研究所 ナノICT研究室

井上 振一郎
Tel: 078-969-2148
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広報 問い合わせ先

広報部 報道担当

廣田 幸子
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