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革新的な量子通信を実現する超広帯域スクィーズド光源と検出技術を開発

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2014年4月3日
ポイント

    • 量子通信の実現に不可欠な超広帯域スクィーズド光源と光子数識別技術を開発
    • 光ファイバー通信波長帯で従来の10倍以上の広帯域のスクィーズド光の生成と検出に成功
    • 既存の光ファイバーインフラを用いた量子情報通信技術の実用化に向けた研究開発を加速

独立行政法人 情報通信研究機構(以下「NICT」、理事長: 坂内 正夫)は、独立行政法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」、理事長:中鉢 良治)、上智大学および学習院大学と共同で、光ファイバー通信波長帯における超広帯域のスクィーズド光源とスクィーズド光を高精度に検出する光子数識別技術の開発に成功しました。スクィーズド光はレーザー光よりも雑音が小さく、現在の1,000倍以上の大容量通信を実現する量子情報通信や光計測の飛躍的な高精度化に不可欠な光源として研究開発が進められており、今回の成果により、これら技術の実用化に向けた研究開発が加速されるものと期待されます。
なお、本成果は、英国科学誌「Scientific Reports」(Nature Publishing Group)(電子版:英国時間 4月3日(木)午前10:00)に掲載されます。

※本研究の一部は、内閣府最先端研究開発支援プログラム(FIRSTプログラム)「量子情報処理プロジェクト」の支援を受けて行ったものです。

背景

近赤外領域から光通信波長帯に至る広い波長範囲をカバーする光源は、大容量光通信や光コヒーレンストモグラフィ、分光計測、センシングなどのさまざまな分野で活用され、現在では、1,000nm以上におよぶ波長範囲の光源が開発されています。スクィーズド光はレーザー光よりも雑音が小さいため、通信容量の革新的な大容量化を実現する量子情報通信や光計測の飛躍的な精度向上を実現するための光源としてその実用化が期待されています。しかし、スクィーズド光を広い波長帯域で生成し、かつその光子数を正確に計測するのは難しく、特に光ファイバー通信波長帯ではこれまで実現できていませんでした。

今回の成果
図: 広帯域スクィーズド光源(上)、超伝導転移端センサー(下)
図: 広帯域スクィーズド光源(上)、超伝導転移端センサー(下)

今回、従来の10倍以上の波長幅110nm(周波数幅では13.4THz)のスクィーズド光を光ファイバー通信帯域で生成できる超広帯域のスクィーズド光源と、スクィーズド光を超高感度で検出できる超伝導転移端センサーを用いた光子数識別技術の開発に成功しました。また、これにより、世界で初めてスクィーズド光の光子が偶数個の光子から構成されるという特殊な性質(偶数光子性)を直接観測することに成功しました。
これまでのスクィーズド光の観測波長帯域は10nm以下であり(例:参考文献1)、それを一気に10倍以上に広げたことにより、波長多重による量子通信の大容量化の実現可能性を実証しました。また、光ファイバー通信波長帯という重要な波長帯で実現したことにより、安価で高性能の光部品との組み合わせが可能となり、実験室レベルにとどまっていた研究開発を光ファイバーテストベッド上での実証的開発に移行させていくことが可能となりました。これにより、量子技術による大容量光通信や超高精度光計測の実現に向けた研究開発の加速化が期待されます。

今後の展望

今後は、スクィーズド光源と光子数識別技術の性能をさらに改善しながら、光計測の高精度化に取り組むとともに、光ファイバーネットワークのノード処理に導入することで光通信の低電力・大容量化を実現するための研究開発を進めていきます。

掲載論文

掲載誌:  Scientific Reports (Nature Publishing Group), DOI: 10.1038/srep04535
掲載論文名:Ultrabroadband direct detection of nonclassical photon statistics at telecom wavelength
著者名:  K. Wakui, Y. Eto, H. Benichi, S. Izumi, T. Yanagida, K. Ema, T. Numata, D. Fukuda, M. Takeoka, and M. Sasaki

各機関の役割分担

◆NICT:スクィーズド光源と光導波系、超伝導検出システムによる実験系全体の設計、構築、実験およびデータ解析を担当
◆産総研:超伝導転移端検出素子の開発とその性能評価を担当
◆上智大学、学習院大学:共同でスクィーズド光源の評価法を開発



補足資料

実験装置の構成および超広帯域スクィーズド光と超伝導転移端センサーの特性
図1:実験装置図
図1:実験装置図

実験装置の構成を図1に示します。レーザーからの基本波(波長1,535nm)は2倍波(波長767.5nm)に変換され、非線形光学結晶を励起するためのポンプ光として使用されます。非線形光学結晶には、光学損失が少ない周期分極反転ポタシウムタイタニルフォスフェート(PPKTP)結晶を使用しています。このPPKTP結晶において位相整合条件を調整することで、非常に広い波長範囲を持つスクィーズド光を生成することができます。広帯域スクィーズド光は、光ファイバーを通じて冷凍機内に配置された超伝導転移端センサーへと導波され、光パルスに含まれる光子の数を計測します。入力光子1個から2個のスクィーズド光の光子が生成されるため、理想的には偶数個のスクィーズド光子が計測されます。

図2:生成したスクィーズド光の波長スペクトル
図2:生成したスクィーズド光の波長スペクトル

図2は生成したスクィーズド光の波長分布です。緑は分光器を用いた測定結果で、分光器の検出特性から非対称な形状をしています。分光器の特性が完全な場合、予想される波長分布は青で示される対称な形状となり、波長範囲は150nmにおよぶと予想されます。赤のグラフは、基本波として用いたレーザーの波長分布を示しています。

図3:超伝導転移端センサーの特性
図3:超伝導転移端センサーの特性

図3aは超伝導転移端センサーからの信号出力波形、図3bは波長対検出効率特性を示しています。図3aからは、センサーへ光パルスを入力した時の出力信号波形が離散的になっていることが分かります。これは、光パルスの中に含まれる光子が1個、2個…、と離散的な値になっていること(光子の粒子性)に対応しています。実験では、光パルス毎に何個の光子が含まれていたかを測定し、その頻度分布を作成しました(下の図4a)に掲載)。図3bでは、実測したセンサーの検出効率の波長依存性を示しています。ここから、我々が用いたTESが1,510nmから1,580nmの範囲では90%以上の量子効率を示し、1,620nmにおいても75 %の検出効率を持っていることが分かります。

図4:超広帯域スクィーズド光の光子数分布
図4:超広帯域スクィーズド光の光子数分布

図4は、超広帯域スクィーズド光の光子数分布を示しています。図4aは、光パルスを検出した際TESから得られる電気信号の波高値の頻度分布を示しています。これらを区間ごとに積算し、光子毎の頻度分布を示したものが図4aの内挿図となります。次に、この内挿図のデータから実験パラメータの不完全性を補正した統計が図4bとなります。図4bからは、光源が0、2、4…、と主に偶数光子のみを含んでいることが分かります。図4cは、得られた光子統計に対してクリシュコ(Klyshko)の判定条件と呼ばれる量子性の指標(Kn)を適用した結果です。この指標は、通常のレーザー光を弱めたような古典的な光に対しては決して1を下回りませんが、図4cでは偶数光子に対する指標が1を下回っていることが分かります。これは、スクィーズド光の偶数光子性を反映した結果といえます。


参考文献:
(1) T. Gerrits et al., “Generation of degenerate, factorizable, pulsed squeezed light at telecom wavelengths,” Opt. Express 19, 24434 (2011).
※ここでは透過帯域8.6nmのバンドパスフィルタが用いられている。上記の例のように、これまでのスクィーズド光の観測例では、最も広帯域な場合でも波長範囲10nm以下となっている。



用語解説

スクィーズド光

レーザー光は位相のそろった最もきれいな状態の波だが、ある時間の1点における波の振幅の値(通常xø と書く)を完全な精度で決めることは不可能で、必ず「ぼやけ」すなわち揺らぎを伴う。この揺らぎは量子力学の不確定性原理に起因しており、量子揺らぎと呼ばれ、完全に消し去ることは原理的に不可能である。しかし、ある位相の領域(時間間隔)での量子揺らぎを抑圧することは可能である。そのかわり、別の位相(正確には90度ずれた位相)の揺らぎは逆に大きくなってしまう。このように量子揺らぎを人為的に制御した光がスクィーズド光である。スクィーズド光を使って量子揺らぎが抑圧された位相の領域を適切に選んで情報処理を行えば、量子揺らぎに制限されない高度な情報処理が可能となる。スクィーズド光は、理想的には2個、4個、6個…、といった偶数個の光子で構成される。

図(a)理想的なレーザー光の量子揺らぎ。位相によらず一定 (b)スクィーズド光の量子揺らぎ。180度毎の位相で量子揺らぎを抑圧できる。
図(a)理想的なレーザー光の量子揺らぎ。位相によらず一定
 (b)スクィーズド光の量子揺らぎ。180度毎の位相で量子揺らぎを抑圧できる。
量子情報通信

現在の情報通信システムは、電磁気学や光学などの古典力学に基づいて設計されているが、情報操作の原理を量子力学まで拡張することにより従来不可能だった新機能、例えば、盗聴不可能な暗号通信(量子暗号)や究極的な低電力・大容量通信(量子通信)が可能になる。これらを総合して量子情報通信と呼ぶ。

光コヒーレンストモグラフィ

光コヒーレンストモグラフィ(Optical Coherence Tomography: OCT)は赤外線の干渉を利用して、生物組織の断層画像を得る手法。表面から1mm~2mm程度の深さの組織を10µm 程度の分解能で断層画像を得ることができる。現在、OCTは網膜診断に実用化されている。

超伝導転移端センサー

超伝導転移端センサー(Transition-Edge Sensor: TES)は超伝導体を用いた光検出器で、光パルス内に含まれる光子数を計数できる検出器である。近年、高性能化が進み、現在では100%に近い検出効率が得られている。超伝導体が常伝導状態から超伝導状態へ切り替わる中間の温度領域を転移端と呼び、この領域の超伝導体は吸収した光子数に比例する電気信号を出力するため、この電気信号を読み出すことで光子数を正確に計測することが可能となる。

光子

量子力学によれば、光は“波”の性質と“粒子”の性質を併せ持っている。光の粒子は「光子」と呼ばれ、これ以上分割することのできない光のエネルギーの最小単位である。例えば、光通信で通常用いられる1.5µm 付近の波長では、1光子のエネルギーは約10-19 ジュールという極めて小さな値になる。単一光子とは、光パルス内に光子が一個しかない状態のことをいう。n光子状態とは、同様に、光パルス内に光子がn個存在する状態のことをいう。

ノード処理

ネットワークは通信回線に相当するリンクとそれらが集まる結節点であるノードから構成される。ノードでは、リンクから入ってきた信号を処理しユーザーへ渡したり、さらに他のノードに向けてリレーするための経路制御などを行う。このようなノード処理において、スクィーズド光や光子数識別器などの新しい光源や検出器などを導入し、信号を量子力学的効果まで活用しながら処理することによって、従来よりも低電力で大容量の通信を実現することが可能になる。



本件に関する 問い合わせ先

独立行政法人 情報通信研究機構
未来ICT研究所 量子ICT研究室

和久井 健太郎、佐々木 雅英
Tel: 042-327-6524
Fax: 042-327-6629
E-mail:

独立行政法人 産業技術総合研究所
計測標準研究部門
光放射計測科 レーザ標準研究室

福田 大治、沼田 孝之
Tel: 029-861-6834
Fax: 029-861-4259
E-mail:

広報

独立行政法人 情報通信研究機構
広報部 報道担当

廣田 幸子
Tel: 042-327-6923 
Fax: 042-327-7587
E-mail:

独立行政法人 産業技術総合研究所
広報部 報道室

佐々木 広美
Tel: 029-862-6216
Fax: 029-862-6212
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