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新しい高精度マイクロ波原子時計の開発・試作に成功

~汎用的なルビジウム原子時計の約5倍の精度を実現~

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2014年8月20日
ポイント

    • イッテルビウムイオンを用いた高精度のマイクロ波原子時計を開発
    • レーザー冷却技術を世界で初めてマイクロ波の原子時計に本格導入することで、従来の約5倍の精度を実現
    • 時刻、周波数配信の高精度化、通信の多重化及び高速化、測位の高精度化に貢献が期待

独立行政法人 情報通信研究機構(NICT、理事長: 坂内 正夫)は、イオントラップマイクロ波原子時計を開発し、現在、放送分野や精密測定分野などで広く使用されているルビジウム原子時計を約5倍上回る精度を実現しました。今回開発した原子時計は、原子捕捉型マイクロ波原子時計としては初めて、レーザー冷却を適用することで、その高精度を達成しました。この小型で精度の高いイオントラップ型マイクロ波原子時計は、精密測定の精度向上や測位技術の発展、同期精度の向上による通信の多重化及び高速化に貢献することが期待されます。
この実験結果は、欧州の科学誌Applied Physics Bに採択されました(オンライン版は6月20日に掲載済み)。
なお、本研究は、独立行政法人科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)の一環として行われました。

背景
図1 ルビジウム原子時計より高い精度を確認
図1 ルビジウム原子時計より高い精度を確認

時刻と周波数は、ナビゲーションや高速通信、精密機器など社会インフラの重要基盤です。研究レベルでは、光格子時計などの光時計の誤差10のマイナス18乗という驚異的な精度が実証されつつありますが、産業界では、未だ電気信号の基準としてマイクロ波時計が利用の中心となっています。中でもルビジウム原子時計は、数十万円程度の安価で手軽なものながら、誤差10のマイナス13乗の精度が得られるため、精密測定分野や放送分野で広く用いられています。更に精度の良い原子時計として、水素メーザ原子時計(誤差10のマイナス15乗)が存在しますが、2千万円程度の高価で重たい据置型であり、精度が2桁良い分、価格や重量も2桁大きく、ルビジウム原子時計と水素メーザ原子時計の間に大きなギャップがありました。

今回の成果

  • 我々は、ルビジウム原子時計と水素メーザ原子時計の間の大きなギャップを埋めるために、新しいイッテルビウムイオン原子時計を開発しました。
  •  原子捕捉型のマイクロ波原子時計では世界で初めてレーザー冷却を適用し、定期的にイオンを用いて磁場を測定することで、ルビジウムの精度を上回る原子時計を実現しました(図1参照)。
  •  原子時計を構成するレーザーには、3台の半導体レーザーのみを用いました。これにより、将来的に小型化、省電力化を進めることが期待できます。

今後の展望

今回開発したイッテルビウムイオンを用いたマイクロ波原子時計を普及させ、高精度化することで、精密測定機器の較正や、通信の大容量化に貢献することが期待できます。今後、試作機の完成度を高め、小型化とコストダウンを進めることで、実用機へと転換することを目指します。



補足資料

今回試作したイオントラップ型マイクロ波原子時計
図2 a)、b) イオントラップの写真、 c) イオントラップ型マイクロ波時計概略図
図2 a)、b) イオントラップの写真、 c) イオントラップ型マイクロ波時計概略図

図2 a)、b) に示すイオントラップの内部にイッテルビウムイオンを1,000個程度捕捉し、吸収遷移に対応する370nmのレーザーを照射して1K以下に冷却した。イオンが持つ熱エネルギーは12GHzの基準マイクロ波周波数をシフトさせてしまうため、イオンを冷却することが望ましい。その意味で、冷却前は約1,000Kあったイオンの温度を1K以下まで小さくすることにより、熱エネルギーによる基準マイクロ波周波数の誤差を4桁程度小さくすることができた。
また、我々は定期的に磁場を精密に測定することで、時計の誤差を軽減した。図3に示すように、時計合わせに用いるピークの近傍には磁場を精密に測るためのピークが現れる。このピークの周波数を定期的にモニターすることで、イオンの位置での磁場の変動をイオン自身を用いて測定することができる。これらの技術により、ルビジウム原子時計を5倍上回る精度を達成した。

図3 イオンを用いた磁場測定
図3 イオンを用いた磁場測定

原子位相ロック原理実証実験

さらに、今回開発したイオントラップを用いて、全く新しい時計動作原理の検証を行った。通常、原子の位相を測定すると位相は破壊される。そのため、従来のやり方では測定するたびに位相が少しずつずれてしまっていた(図4)。

図4 従来法と原子位相ロック方式概念図
図4 従来法と原子位相ロック方式概念図

本研究では捕捉した原子群の一部分だけを測定するという独自手法を開発し、測定しても原子群全体の位相を保持するように工夫した。その結果、図5に示すように位相を3回連続で測定できるようになり、従来の毎回位相を破壊する測定方法と比べて√3(=1.7)倍の測定精度を実現し、精密測定に必要な積算時間を短縮することができた。これにより、より短い時間スケールに起きる微小変動を検出することが可能になると期待される。

図5 原子位相ロック方式と従来方式の誤差比較
図5 原子位相ロック方式と従来方式の誤差比較

今後は、位相を連続測定できる回数を3回から大幅に増やすために、捕獲する原子の数を増やし、測定の際のノイズを軽減するなどの改良を加える予定である。
この成果は、7月23日(日本時間)に欧州の科学誌New Journal of Physicsに掲載された。



用語解説

イオントラップ
図 イオントラップ
図 イオントラップ

イオンが電荷を帯びていることを利用して、真空容器中にイオンを浮かせたまま捕捉する装置。トラップは、高周波電極と定電圧電極を組み合わせることで、電極間の中心にイオンを捕獲する。条件が整えば、捕捉時間は数箇月に及ぶこともあるが、イオン源の消費効率が中性原子型に比べて著しく高く、イオン源の枯渇によって装置が寿命を迎えることは通常ない。トラップのサイズによって、1個から数百万個のイオンを捕捉することができる。

原子時計:マイクロ波時計と光時計
図 原子時計の4区分
図 原子時計の4区分

1秒の定義については、約50年前の国際的な取決めにより、地球の自転を基準にする天文時を止め、セシウム原子の持つ9.2GHzの遷移周波数を用いる原子時を採用した。現在、セシウム原子のマイクロ波遷移に替わる、より高精度な原子時計を求めて、世界中で数多くの原子時計が開発されている(右図参照)。原子時計は、右図のように大きく4つに区分される。まず、電気的に中性な原子を用いるタイプと、電荷を帯びた原子(イオン)を用いるタイプに大別される。同じイッテルビウム原子でも、中性のイッテルビウムとイッテルビウムイオンを用いた場合とでは、原子時計としての性能は全く別物である。
また、基準信号としてマイクロ波を用いるものと、可視光のレーザーを用いるものとに大別される。レーザーを用いるものは非常に高い(15乗~18乗)精度を誇るが、数百テラヘルツという非常に高い周波数を直接用いる応用用途が限られることと、長時間の運用が難しいことから、電気信号の基準としては、未だマイクロ波を基準とする原子時計(12乗~15乗の精度)が利用の中心となっている。

レーザー冷却
図 レーザー冷却
図 レーザー冷却

イオントラップ中に捕捉したイオンは、室温程度の熱エネルギーを持ち、トラップ内を気体のように飛び回っている。レーザー冷却とは、レーザーをイオンに照射することでイオンを減速させ、熱運動を抑えこむ手法である。実現するためには、レーザーに向かうイオンが吸収する周波数にレーザーの周波数を合わせ込む技術が必要になる。イオンをレーザー冷却することにより、熱運動による時計周波数のぶれを抑える効果と、イオンの発光効率を上げる効果があり、その2つの効果が共に時計の精度を上げることに貢献している。



本件に関する 問い合わせ先

電磁波計測研究所
時空標準研究室

志賀 信泰
Tel: 042-327-5429
E-mail:

広報

広報部 報道担当

廣田 幸子
Tel: 042-327-6923
Fax: 042-327-7587
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