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白黒の画像に色の見えを作り出す技術を開発

~低次視覚皮質における方位と色の連合学習~

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2016年7月1日

国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)
株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR)
ブラウン大学(米国)

本研究成果のポイント
  • 複数の感覚入力(例えば視覚と聴覚)や感覚属性(例えば形と色)の対応関係の学習(連合学習)は、大脳皮質前頭葉や頭頂葉、海馬など高次の脳領域で生じると考えられてきた。
  • 連合デコーディッドニューロフィードバック法と呼ばれる技術を開発し、白黒の縦縞を見ている時と、赤色を見ている時の低次視覚野の脳活動を対応付ける(連合する)ように三日間トレーニングした結果、物理的には白黒の縦縞が赤みを帯びて見えるようになった。
  • この結果は、方位(傾き)と色の連合学習が視覚処理の入り口にあたる低次視覚野において生じることを初めて実証した研究結果である。
  • 連合デコーディッドニューロフィードバック法は、現在、強迫性障害や心的外傷後ストレス障害(PTSD)などの精神疾患の治療への応用が試みられており、将来的には脳梗塞等による大脳損傷によって生じる色覚異常(大脳性色覚異常)の治療法にもつながることが期待される。
6月30日正午(米国東部時間)・Current Biology誌オンライン版に掲載されます。

白黒の画像に色の見えを作り出す技術を開発
概要

株式会社国際電気通信基礎技術研究所脳情報通信総合研究所(所長・川人光男)、ブラウン大学認知言語心理学部(終身栄誉学部長・渡邊武郎)、NICT・脳情報通信融合研究センター(研究センター長・柳田敏雄)は共同で、最先端のニューロフィードバック技術を開発し、従来脳の高次領域でのみ生じると考えられてきた連合学習が、視覚処理の入り口にあたる第一次視覚野、第二次視覚野(V1/V2, 総称して低次視覚野)において生じることを発見しました。
被験者は白黒の縦縞を見ながら、縦縞が消えた後7s後に出てくる丸のサイズ(フィードバック)を大きくするよう試行錯誤で3日間トレーニングを行いました。丸のサイズは現在の低次視覚野の脳活動の“赤らしさ”に応じて変化しましたが、被験者はそのことを一切知らされていませんでした。その結果、縦縞に対する脳活動と赤色に対する脳活動の間に対応付け(連合)が生じ、白黒の縦縞が長期間にわたって赤く見えるようになりました。さらに解析した結果、低次視覚野以外の脳活動はあまり変化していないことが分かったため、世界で初めて方位と色の連合が低次視覚野において生じたことが実証されました。
被験者に画像を見せることによって生じる脳活動と、実際の画像入力なしにニューロフィードバックによって引き起こされる脳活動を対応付ける(連合する)本技術は、より一般的に言えば物理的に引き起こされた脳活動とニューロフィードバックにより誘起された脳活動を連合する革新技術と言えます。本技術の応用範囲は広範にわたります。現在、強迫性障害や心的外傷後ストレス障害(PTSD)などの精神疾患の治療に応用が試みられています。また将来は、脳梗塞等による大脳損傷によって生じる色覚異常(大脳性色覚異常)の治療法につながることも期待されます。なお、本研究は、主に国立研究開発法人情報通信研究機構の委託研究「脳活動推定技術高度化のための測定結果推定システムに向けたモデリング手法の研究開発」(平成25年-29年)の成果です。

背景

連合学習とは、複数の感覚入力や感覚属性をペアにして呈示すると一方だけで他方が想起される現象で、日常生活においても非常に重要な学習の一種です。例えば、犬に餌を与える前にベルの音を鳴らすことで、次第にベルの音を聞くだけで唾液を分泌するようになったというパブロフの条件反射などが有名で、我々が梅干しを見るだけで唾液が出るのも、梅干しの視覚的な入力と酸っぱいという味覚入力が連合された結果です。従来この連合学習は、大脳皮質頭頂葉、前頭葉、海馬など比較的高次の脳領域で起こると考えられてきました。本研究では、連合デコーディッドニューロフィードバック(Associative decoded neurofeedback: A-DecNef)法を開発し、視覚野の入り口にあたる低次視覚野において方位と色の連合学習が生じることを世界で初めて明らかにしました。
本研究における発見の鍵となったのが、A-DecNef法と呼ばれる非侵襲的な脳活動操作技術です。ヒトの脳活動を非侵襲的に変化させる方法として、経頭蓋磁気刺激法(TMS)、経頭蓋電気刺激法(tDCS/tACS)が提案されており、これまでも多くの脳科学研究で用いられてきました。典型的にはTMSを後頭部に与えるとフォスフィンと呼ばれる光が見え、運動野に与えると指が動くことが知られています。フォスフィンの知覚や指の動きはTMSによって脳活動を惹起したことによると考えられますが、低い周波数で繰り返しTMSを与えるrTMSと呼ばれる方法によって脳活動を抑制させることも可能であることが知られています。TMSやtDCS/tACSにより脳の特定の領域の全体的な活動を興奮させたり抑制したりすることは可能ですが、脳の情報の表現はより細かい空間スケールで表現されていると考えられます。実際、機能的MRI(fMRI)で計測された脳の特定の領域の空間パターンをミリメートル単位で細かく調べることで、被験者が見ている画像、さらには見ている夢の内容までをも予測出来ることが分かっています。この手法はデコーディングもしくは脳情報解読法と呼ばれ、ATRで開発されたものです。この原理を応用したデコーディッドニューロフィードバック(Decoded neurofeedback: DecNef)法は、TMS、tDCS/tACSでは困難な、特定の情報表現に対応した脳活動のパターンを作り出すことが出来るという大きな利点を持っています。従来のDecNef法は、特定の脳活動を誘起するために用いられていましたが、今回この方法を発展させ、被験者に実際に与えている感覚入力(今回は白黒の縦縞)によって生じる脳活動とDecNefによって誘起する赤色に対応した脳活動を対応付けることに成功しました。この方法をA-DecNef法と名付けました。
本実験ではまず始めに、被験者が赤色および緑色の画像を見ている際の脳活動をfMRIによって記録し、初期視覚皮質における脳活動から、見ている色を推定するデコーダーを作成しました。続いて、白黒の縦縞を見ている際の脳活動をfMRIによって記録し、その脳活動が赤色を見ている時の脳活動に近いほど丸が大きくなるようなフィードバックを被験者に与えました。被験者は丸のサイズだけを手がかりに、白黒の縦縞を見ている時の低次視覚野の脳活動を操作し、出来るだけ丸のサイズを大きくするよう教示されました。その結果、白黒の縦縞を見ている時の脳活動と赤色を見ている時の脳活動が連合され、白黒の縦縞が赤く見えるようになりました。この結果から、方位と色の連合学習が低次視覚野で生じている可能性が示唆されました。

研究内容

本実験ではまず、被験者の低次視覚野の脳活動パターンから現在見ている画像の色を推定するデコーダーを作成しました(色デコーダー作成)。続いて、A-DecNef訓練を3日連続して行い、3日目のトレーニング終了後に、白黒の画像がどのように見えているかを調べる心理実験を行いました。以下では順を追ってそれぞれの実験について説明します。

色デコーダー作成
A-DecNef訓練の前段階として、赤色あるいは緑色の縞模様を見ているときの被験者の脳活動パターンをfMRI装置を用いて測定しました。人工知能技術の一つであるスパース機械学習アルゴリズムのなかの、スパース・ロジスティック回帰アルゴリズムを用いて、低次視覚野活動パターンと被験者に呈示された画像の色の関係を計算することが出来ます(fMRIデコーダー)。このfMRIデコーダーを用いて、低次視覚野の活動パターンが、赤色縞、緑色縞いずれによって誘起される活動パターンのどれに近いかが、数値(尤度)として得られます。赤、緑の縦縞、横縞(計四種類)を呈示しましたが、縦縞、横縞両方のデータを使用し、方位の情報は持たず色の情報のみを持つデコーダーを作成しました。

A-DecNef訓練
ニューロフィードバック訓練では、被験者は丸の大きさとして示されるフィードバックを手がかりに、白黒の縦縞を見ている最中の自分の低次視覚野活動の操作を行います。丸の大きさは、上記で計算したfMRIデコーダーに白黒の縦縞を見ている時の脳活動パターンを入力した結果得られるもので、赤色によって誘起される活動パターンにどれだけ近いかを示す尤度を表しています。実験中の丸の平均的な大きさに応じて被験者に支払われる報酬代金が決まりますが、被験者は自分がどんな訓練をしているのかは一切知らされていないので試行錯誤しながら円を大きくする方法を模索します。訓練の結果、被験者は、頭の中で計算をしたり、テレビのシーンを思い出したりといった、色とは無関係なことを行ったにもかかわらず丸のサイズを大きくすることが出来ました。このことは白黒の縦縞を見ている時の低次視覚野の脳活動が赤色を見ている時に近づいたことを意味しています。

白黒刺激に対する色の見え方の測定

白黒刺激に対する色の見え方の測定

続いて心理実験によって、白黒の縞刺激がどのように知覚されるのかを定量化しました。被験者には縦縞模様、横縞模様を呈示し、その縞が何色に見えるかを赤、緑の二択で選んでもらいました。下の図は、左がニューロフィードバックに参加した被験者(A-DecNef群)、右が参加しなかった被験者(比較群)です。比較群では、縦縞、横縞いずれについてもほぼ半々の割合で赤、緑を回答している、つまり白黒に見えていることが見て取れます。一方、白黒の縦縞を見ている時に赤色に対応した脳活動を対応付けたA-DecNef群では縦縞に対する赤反応の割合が増大していました。つまり白黒の縦縞画像に赤色の見えを作り出すことに成功したということが出来ます。一方、横縞に対する赤反応の割合は減少、すなわち緑回答の割合が増大しています。同じ実験を3-5ヶ月後に再度行ったところ、効果が持続していることが明らかになりました。

低次視覚野以外の領域の関与の定量化

低次視覚野以外の領域の関与の定量化

本研究では、視覚野の入り口にあたる第一次視覚野、第二次視覚野(V1/V2)の脳活動を用いてフィードバックを計算し、この領域の活動を変化させようとしました。しかし、このニューロフィードバックの過程で、V1/V2以外の領域、例えば色覚に関与される第四次視覚野(V4)などの色の表現も変化した可能性が十分考えられます。この可能性を検討するため、追加の解析を行いました。右の図の一段目は、被験者が見ている画像の色をそれぞれの領域の活動からどの程度推定出来るかを表しており、V1/V2だけでなくV4を含む広範な視覚領域において色の推定(デコーディング)が可能であることを示唆しています。二段目の図は、色デコーダーを作成する実験を行っている際に、V1/V2の脳活動の赤らしさをどの程度推定出来るかを表しています。この値が大きい領域はV1/V2と協調して変化していることになります。やはりV1/V2だけでなくV4を含む広範な視覚領域において高い推定精度が得られています。しかしながら、ニューロフィードバックを行っている際に、V1/V2の脳活動の赤らしさをどの程度推定出来るかを見てみると(三段目)、予測精度の高い領域がV1/V2に限定されています。これらの結果は、V1/V2以外の視覚領域も色に関する情報を処理しているにもかかわらず(一段目、二段目)、ニューロフィードバック時にはほとんど変化していない(三段目)ことを意味しています。すなわち、V1/V2の脳活動を変化させることで、方位と色の連合が生じたという我々の結論が証明されたことになります。

本研究の意義と今後の展望

複数の感覚入力(例えば視覚と聴覚)や感覚属性(例えば形と色)の対応関係は、大脳皮質前頭葉や高次視覚野、海馬など比較的高次の脳領域で生じるものと考えられてきました。本研究では、方位と色という基本的な視覚特徴の対応関係の学習が、視覚情報処理の入り口にあたる第一次、第二次視覚野という低次視覚野で生じることを世界で初めて実証しました。
今回報告した手法: A-DecNef法は様々な応用が可能です。例えば現在我々のグループは、強迫障害の高リスク群と患者さんに本手法を適用する介入研究を行っています。また、心的外ストレス障害(PTSD)に本手法を応用するための基礎研究と臨床研究を行っています。PTSDは事故体験(例えば自動車事故)等によって、本来恐怖を感じない入力(例えば自動車の映像)を見るだけで恐怖反応を生じる障害です。PTSDの典型的な治療である暴露療法では、恐怖反応を生じる映像等をそれ単体で患者さんに見せ、次第にその映像が本来は恐怖と対応付いていないことを理解し、恐怖反応が和らいでいくというものです。しかしながら、この治療の過程で恐怖反応を生じる映像を見せるのは患者さんの大きな負担になります。そこでATRでは、今回開発した手法を用いて、実際に映像を見せるのではなく、その映像に対応した脳活動をDecNef法によって誘起することで恐怖反応を消し去る可能性を検証しています。
また、腹側視覚野の損傷により、実際には色のついている画像が白黒に見えてしまう、大脳性色覚異常、と呼ばれる病気があります。今回の手法を利用して、損傷されていない低次視覚野の活動を用いてニューロフィードバックを行い、色の見えを取り戻すことも将来的に可能になるかもしれません。
また、脳モデリングとDecNef法を組み合わせることにより、ヒト脳研究の従来の記述的・博物学的なアプローチから予測的・操作的なアプローチにパラダイムシフトを起こす革新的なツールとして基礎研究にも貢献することが期待されます。

論文著者名とタイトル

Current Biology誌(米国東部時間・2016年6月30日正午公開)
Kaoru Amano, Kazuhisa Shibata, Mitsuo Kawato, Yuka Sasaki, and Takeo Watanabe. Learning to associate orientation with color in early visual areas by associative decoded fMRI neurofeedback. Current Biology

研究グループ

科学技術振興機構、国立研究開発法人情報通信研究機構、東京大学、株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR)
天野 薫
株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR)
柴田 和久、川人 光男、佐々木 由香※1、渡邊 武郎※1※1米国ブラウン大学と併任)

研究支援

本研究は、主に国立研究開発法人情報通信研究機構の委託研究「脳活動推定技術高度化のための測定結果推定システムに向けたモデリング手法の研究開発」(平成25年-29年)の一環として実施したものです。
また、研究参画者の一部は、以下の研究資金からの支援も部分的に受けています。
  • 国立研究開発法人科学技術振興機構・さきがけ研究「脳情報の解読と制御」
  • 国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)・脳科学研究推進プログラム「BMI技術を用いた自立支援、精神・神経疾患等の克服に向けた研究開発」
  • 総務省・脳の仕組みを活かしたイノベーション創成型研究開発
  • 米国National Institute of Health(NIH) Research Project Grant Program(R01EY019466 and R01AG031941, R01MH091801 and NSF BCS 1539717)
  • 日本学術振興会・海外特別研究員

補足説明

ニューロフィードバック

現在の脳活動の状態を被験者に、画像、音などで呈示し(この画像や音のことをフィードバックと呼びます)、その画像や音を手がかりに、自分の脳活動の状態を少しずつ変えていく技術で、脳波を使った研究などが古くから行われています。

デコーディング

従来のfMRIを用いた研究は、刺激とそれに関連して生じる脳活動との間のマッピングをとることでした。神経活動をコード(符号)と見なすと、従来の方法は刺激が脳でどのように表現されているか、つまり神経活動が刺激をどのようにコーディングしているかを調べていることになります。デコーディングはその逆で、神経活動からどのような刺激が与えられているかを読み取ることになります。この技術の先駆けとなったATRの神谷室長の最初の研究では、見ている画像の向き(方位)をデコードすることに成功しました。今回の研究では、神経活動から見ている色(赤か緑か)を予測する技術を利用しました。

デコーディッドニューロフィードバック法(DecNef法)

ニューロフィードバック技術とデコーディング技術を組み合わせた方法。従来のニューロフィードバック法では、アルファ波の強度など比較的単純な脳活動の指標が用いられてきましたが、DecNef法ではfMRIで計測した脳活動の詳細なパターンを解読し、それを丸のサイズとして被験者にフィードバックします。

デコーダー

デコーディングのためのパターン識別機で、人工知能技術のスパース推定アルゴリズムで獲得され、通常コンピューター上のプログラムとして実装されます。今回の研究では、脳活動をfMRIで計測しながら、そのデータをリアルタイムでデコーダーに入力して、現在の脳活動の状態を被験者に与える、リアルタイムニューロフィードバックという最先端の技術を用いています。

スパース機械学習アルゴリズム

スパース推定は、近年機械学習や統計の分野でよく用いられています。「スパース」とは、「疎」すなわち、「まばら」という意味です。fMRIで計測した脳活動を用いてデコーディングを行う場合にも、実際にデコーディングに有効なボクセルは、非常に多くのボクセルのうちの一部であるケースが多く、このような場合にスパース推定アルゴリズムが威力を発揮します。



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