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私たちの町の大気の流れを測る 都市大気の高密度立体観測のための高パルス圧縮ウィンドプロファイラの開発 電磁波計測研究センター 環境情報センシング・ネットワークグループ 主任研究員 関澤信也

私たちの暮らしと都市大気観測

最近、ゲリラ豪雨、都市型集中豪雨、竜巻といった狭い地域に集中した災害・被害についての報道をよく耳にします。また、ヒートアイランド・都市温暖化や大気汚染の悪化のような、市街・都市に特有の環境変化も盛んに話題になります。これらは、地球温暖化などのグローバルな地球環境問題と同様に、社会的・経済的に大きな影響を持つ問題です。

こうした気象・環境の情報が通常の天気予報や気象観測で得られれば、我々の日常生活の安心・安全に非常に有効です。飛躍的に的中率が上がったといわれる天気予報、将来の大気状態を予測する地球シミュレーションなど、近年の計算機能力、シミュレーション技術の高度化には目を見張るものがありますが、緻密な計算と同程度に緻密な現実の情報(測定データ)をインプットしなければ、正確な予測が期待できません。また大気汚染についても、環境省や自治体の汚染物質測定点は増えましたが、大気汚染は風で移動しながら近隣の地区・都道府県で悪影響を及ぼすため、気象庁アメダスなどで把握しきれない緻密な風データが大気汚染予測に必要な時代になっています。

NICTでは、図1に示すように、レーダやライダなどの高度なセンサをネットワークで接続することで都市環境を緻密に計測してさまざまな分野に応用していこうという「センシングネットワーク」プロジェクトを進めております。これらセンサの1つである、電波干渉を避けつつ空間的に細かく上空の風を測定できる高度なレーダ装置(ウィンドプロファイラと呼ばれます)の研究開発を行っていますので、次にご紹介します。

図1 都市大気観測システムのイメージ

都市大気の高密度観測とその課題

ウィンドプロファイラ(WPR)は、上空の風の方向と速さを高度ごとに地上から測るレーダです。気象庁は、31台のWPRを全国に配置することでWINDASと呼ばれる観測ネットワークを構築し、おおむね100kmの水平解像度で日本上空の風の観測を行っており、これらのデータは既に数値予報に利用されています。しかしWINDASは、その水平解像度が都市大気の空間スケールと比べて低いので、都市スケールの数値予報を行うには不十分です。もし、多数のWPRを狭い間隔で配置できれば都市大気観測の空間解像度は高くなるのですが、次のような問題が起こってしまいます。まず、国内でWPRに使用できる周波数が各周波数帯においてほぼ1局分しかないので、従来のレーダ方式ではWPR間の距離を十分確保しないと互いに干渉が起こり適切な観測ができません。また、一般的に装置が高価なWPRを一定のエリアに狭い間隔で多数配置するには膨大な予算が必要です。さらに、WPRは一般的に装置規模や送信電力が比較的大きいので、大都市など人口密集地域に多数設置することは容易ではありません。そこで、我々はこれらの問題を解決するため、レーダ波に、携帯電話でのユーザー識別にも用いられている符号系列である、M系列の情報を乗せた高パルス圧縮WPRを開発しました。

図2 高パルス圧縮WPRの観測原理(反射体が1つの場合のイメージ図)

高パルス圧縮WPRの観測原理

従来のWPRは、図2(a)に示すように送信パルスを上空に向けてアンテナから発射し、ある高度の標的で反射した電波を受信します。WPRの標的は上空の大気乱流であり、実際には鉛直方向周辺で3方向以上の観測を行うことで、高度ごとの風の風向・風速が測定できます。また、大気乱流で反射される電波は非常に弱いので、この信号を検出するため送信パルスの送信電力を上げたり、長い時間受信電力を積算したりするのが一般的です。しかし、送信電力を上げるとレーダ装置が大きくなり、同一周波数を使っている隣接局間では互いに電波干渉を起こします。一方、高パルス圧縮WPRは、図2(b)に示すように送信パルスに特定の情報を乗せ、従来のWPRと比べ送信パルスをたくさん送信し、受信波をかき集めて積算(復号)するので、一定の受信電力を得るのに送信電力が少なくて済みます。また、高パルス圧縮WPRは、送信パルスに長周期のM系列の情報を乗せることで、自局と他局の信号の区別が可能になるので、他局からの干渉にも強くなります。

高パルス圧縮WPRの装置開発

図3は、今回開発した1.3GHz帯の高パルス圧縮WPRの写真です。図3(a)は高パルス圧縮WPRの送受信機であり、送信電力を280Wに抑えたことで同等性能の従来機と比べ小型化に成功しました。また、1つのパラボラアンテナに3つの放射器を設置することで、鉛直方向周辺の3方向に電波が発射できる直径3mのデフォーカス給電パラボラアンテナも新たに開発しました(図3(b))。このアンテナは、電波の発射方向を変えるための機械駆動部がないので軽量であり、アンテナの分解・組立も容易にできるので、設置場所があまり限定されないメリットがあります。このアンテナを用いることで送受信系が1系統で済むため、アレーアンテナ方式のWPRと比べてもシステム全体が小規模で済むので、高パルス圧縮WPRは都市設置型レーダとして大変有望です。

高パルス圧縮WPRの観測性能を確認するため、沖縄県において400MHz帯WPRとの比較実験を行いました。図4は風観測の比較実験結果です。高パルス圧縮WPRの最大観測高度は、送信電力20kw、アンテナ開口面積も約108m2とハイスペックな400MHz帯WPRには及びませんが、高度2kmまでの両者の風観測結果はよく一致しています。この結果から、高パルス圧縮WPRは特殊な復調処理を行うことによって、大気観測が適切に行われていることが分かります。

図3 高パルス圧縮ウィンドプロファイラ

図4 高パルス圧縮ウィンドプロファイラ

今後は実験と共に関連分野の研究に貢献したい

我々は、都市域において多数のWPRを高密度に配置するため、耐干渉性が高く、装置の小型・軽量・低コスト化を実現した高パルス圧縮WPRを開発しました。今後は、高パルス圧縮WPRを複数製作し、干渉波に強いことを実験等で実証する予定です。また、複数の高パルス圧縮WPRを都市域に配置して大気の高密度立体観測データを取得・配信することで、都市気象の予報精度向上をはじめ、大気汚染物質の拡散メカニズムの解明など関連分野の研究に貢献したいと考えています。


Profile

清水 徹関澤 信也(せきざわ しんや)
電磁波計測研究センター
環境情報センシング・ネットワークグループ 主任研究員
1982年郵政省電波研究所(現NICT)入所。以来、スペクトル拡散通信の研究や移動通信における電波伝搬特性の解明などを行い、現在は、周波数利用効率の高い次世代ウィンドプロファイラの研究開発に従事。



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