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日本のタイムスタンプの仕組みを世界に輸出-勧告ITU-R TF.1876で承認- 新世代ネットワーク研究センター 光・時空標準グループ 研究マネージャー 岩間 司

電子文書に潜む脅威

 パソコンなどを使って作成するいわゆる電子文書は、何回複製(コピー)しても劣化の心配がなく、対応するソフトウエアさえあれば誰でも同じものを再現できることが大きな利点です。しかしながら、これは逆にいうと、元の文書を改ざんしたり、他人になり済まして文書を作成することも容易にできてしまうという欠点となります。これら電子文書の「改ざん」や「なり済まし」という行為はこれからのネットワークを中心とした情報流通社会においては大きな脅威となります。

 電子文書の改ざんやなり済ましを防ぐために有効な手段として電子署名やタイムスタンプがあります。電子署名では「誰が」「何を」作成したかを証明することができ、タイムスタンプでは「いつ」「何を」作成したかを証明できます。そして電子署名とタイムスタンプを併用することにより「いつ」「誰が」「何を」作成したか証明できることになります。

図1●電子文書の原本性確保のための技術

研究課題の提案

 電子署名やタイムスタンプ付与の方法は、すでに標準化されており、特に電子署名については日本をはじめ各国で法制化されています。タイムスタンプについては、付与と並んで時刻の信頼性というもう1つの重要なファクタがあります。しかしながら、この信頼性については、協定世界時(Coordinated Universal Time: UTC)にトレーサブル*であることのみが規定されていて、具体的な実現手段は明確ではありませんでした。

 NICTは日本の標準時に責任を持つ機関として、2000年の国際電気通信連合 科学業務に関する研究委員会 標準時及び標準周波数の通報に関する作業部会(ITU-R SG7 WP7A)会合に、タイムスタンプ局(Time Stamping Authority: TSA)が用いる時刻の信頼性をいかにして確保するかを日本からの研究課題として提案しました。この研究課題は、修正のうえITU-R 238/7として採択されました。

*トレーサブル: 時刻が正確さと不確かさの連鎖によってUTCまでたどり着けること。

日本におけるタイムスタンプの制度化

 日本におけるタイムスタンプを含むタイムビジネス標準化の動きは2002年1月から6月にかけて複数回行われた総務省主催のタイムビジネス研究会から始まります。この研究会において、それ以降の日本のタイムビジネスの方向性が示されました。

 この研究会を受けて民間主体のタイムビジネス推進協議会が2002年6月に設立されました。また、NICTは総務省から委託を受け、2003年度から2005年度にかけて「タイムスタンプ・プラットフォーム技術の研究開発」を実施しました。

 これらの研究成果から総務省は2004年11月に「タイムビジネスに係る指針~ネットワークの安心な利用と電子データの安全な長期保存のために~」を公表しました。この指針により2005年2月から日本のタイムスタンプの仕組みを制度化した「タイムビジネス信頼・安心認定制度」が創設されたのです。

時刻の信頼性を重視した日本のタイムスタンプ制度

 日本のタイムスタンプ認定制度における特徴は、タイムスタンプの根幹となる時刻の信頼性に重きを置いた点です。これまでタイムスタンプに用いる時刻についてはUTCへのトレーサビリティは求められるものの時刻の正確さについての規定はありませんでした。

 日本の認定制度では、NICTの標準時と同期した時刻をTSAなどに配信し、かつ、TSAがタイムスタンプに用いる時刻の正確さを監査する第三者機関として、時刻配信局(TimeAuthority: TA)を規定しました。これにより、日本のタイムスタンプ制度においてはTSAの信頼できる時刻源の仕組みが明確化されました。

図2●日本のタイムスタンプの仕組み(デジタル署名方式の例)

ITUにおける勧告化への道のり

 一方、ITU-Rの会合においては、2002年9月にタイムビジネス研究会で検討した「日本におけるタイムスタンプサービスの在り方」について、研究課題ITU-R 238/7の研究成果としてWP7Aに報告しました。参加各国、特に欧州の国々からは強い関心を得られましたが、その後、他の参加国から成果の報告などはありませんでした。

 しかし、この研究課題 ITU-R 238/7に対する各国の興味がないわけではありませんでした。通常、ITU-Rでは約4年ごとに研究課題などの見直しがあり、この研究課題についても2003年及び2007年に見直しの機会がありましたが、そのたびごとに欧州の複数の国から研究継続の提案があり、現在まで継続されています。

 そして2009年9月のITU-R SG7 WP7A会合において前述の日本で実際に制度化されているタイムスタンプ制度の仕組みをNICTが取りまとめ、国内委員会の承認を得たうえで日本からの勧告案として提出しました。提出された勧告案は時機を得た提案として各国から好意的に受け入れられ、表現の修正などはありましたがほぼ日本提案がそのままSG7に送られました。その後、2010年1月にSG7により採択され、この採択を受けITU-Rは直ちに承認手続きに入り2010年4月に勧告案は勧告ITU-R TF.1876として承認されました。今回の勧告は提案からわずか7カ月という異例の速さで勧告化されたわけです。

勧告 ITU-R TF.1876の概要

 今回の勧告の主旨は次の4点です。

  • ・ 各国の時刻標準機関kは要求される正確さでTSAに各機関のUTC(UTC(k))を供給しなければならない。
  • ・ TSAからUTC(k)への時刻のトレーサビリティはタイムアセスメント機関(Time Assessment Authority: TAA)による連続的なモニタリングで証明されなければならない。
  • ・ TAAはTSAの用いる時刻が要求される正確さを維持しているかどうか監査する機能も有する。
  • ・ TAAは各国の時刻標準機関または信頼できる第三者機関が行うべき機能である。

 この勧告でTAAという機能を定義付けました。TAAはこれまでのTAを包含する機能であり、より一般化した概念です。ただし、この勧告はTAAという機能について定義しただけですので、今後の補強も求められています。このTAAの概念を導入することにより、日本のタイムスタンプの仕組みを海外に輸出する下地ができました。

図3●日本のタイムスタンプの仕組みの標準化状況

さらなる標準化への動き

 このようにITUで勧告化された日本のタイムスタンプの仕組みですが、海外に輸出するためにはさらなる標準化が必要になります。

 現在、日本の認定制度の5年間の運用実績をもとに、現在の技術基準をブラッシュアップして日本工業規格(JIS)にするための標準化活動を行っています。また、将来的には国際標準化機構(ISO)において標準化するため、本年度中に準備を開始します。

 タイムスタンプの付与技術については標準化されていますが、時刻を保証できるシステムとして整備されている国はまだほとんどありません。日本のタイムスタンプの仕組みは世界的にも評価されており、ITUにおける勧告化を足がかりに日本のタイムスタンプの仕組みを世界の標準にするよう今後とも取り組んでいきます。

ITU勧告について ITUでは、電気通信や放送技術に関わるさまざまな国際的な決まりを作っています。ITU-R勧告は、主にITU-R SGの研究活動の成果として策定され、ITUメンバーステートによって承認された国際技術基準で、分野別にシリーズ化し、番号が付されます。

岩間 司
岩間 司(いわま つかさ)
新世代ネットワーク研究センター 光・時空標準グループ 研究マネージャー
東京工業大学大学院終了後、1985年郵政省電波研究所(現NICT)に入所。陸上移動伝搬、電子時刻認証技術、時刻配信応用技術などに関する研究に従事。博士(工学)。
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総合企画部 広報室
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