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宇宙天気予報特集・巻頭インタビュー
太陽から地球までの観測データをもとに宇宙環境の変動を予測する宇宙天気予報 日々の生活に少なからず影響を与える宇宙環境の情報をリアルタイムに提供する 電磁波計測研究センター 宇宙環境計測グループ 研究マネージャー 亘 慎一

宇宙環境の変動は地上の天気と同じように、さまざまな形で私たちの暮らしに影響を与えています。NICTは長年にわたり宇宙の天気を予測し、「宇宙天気予報」として情報提供を行っています。

宇宙の天気予報とは

まず「宇宙天気予報」というのはどのようなものかを説明していただけますか。

 私たちは日頃から外出前に天気を調べたり、テレビの天気予報を見て洗濯するかどうかを決めたりします。宇宙天気予報は、私たちに身近な天気予報の宇宙版と考えて下さい。宇宙空間は完全な真空と思われがちですが、実際には微量な電気を帯びた粒子が存在するのです。そうした粒子による宇宙環境の変動を、私たちは「宇宙天気」と呼んでいます。

 もう少し詳しくお話すると、地上と同様に宇宙環境も太陽の影響を大きく受けています。例えば、太陽の表面で太陽フレアと呼ばれる爆発現象が発生すると、その影響が地球周辺にまで及びます。太陽フレアの発生直後には、エネルギーの高い粒子が太陽から飛んできて、人工衛星に障害を起こしたり宇宙飛行士が被曝したりといった影響が出ます。その後2、3日経過すると、太陽フレアに伴って放出される電気を帯びた雲のようなものが地球に到達して、地球の磁場が乱されます。地球の磁場が乱されるとオーロラが見えることがありますが、その一方で地磁気の変動によって地上の送電システムに誘導電流が発生して障害が起きる可能性もあります(図1)。

 こうした人間の作ったシステムや人間に影響を与えるような宇宙環境の変動を総称して「宇宙天気」と呼び、太陽や太陽風などの観測結果から宇宙環境の変動を予測し、その情報を提供するのが宇宙天気予報なのです。

図1● 宇宙嵐の社会システムへの影響太陽活動などによる宇宙環境の変化は、日常の生活にも影響を与えている

太陽活動によって受ける影響の具体例を教えて下さい。

 私たちが「ハロウィン・イベント」と呼んでいる、2003年10月末に太陽の活動が非常に活発になった時期に、日本の人工衛星「こだま」に搭載されたセンサーにノイズが入って地球の方向を見失い、衛星の姿勢制御に不具合が発生しました(図2)。このときは、活動が静穏になってから衛星の復旧作業が行われました。また、2000年7月の「バスチーユ・イベント」では、非常に大きな地磁気嵐によって大気密度が増え、その影響を受けた人工衛星「あすか」の姿勢が制御不能に陥り、翌年には地球に再突入してしまいました。

 人工衛星の故障の他にも、地上で停電を引き起こすこともあります。地球の磁場が変動することで誘導電流が発生するのですが、発生する電流自体は大きくなくても、送電システムの保護装置が作動してしまったり、変圧器の動作点がずれてロスが大きくなり不具合が発生したりするというトラブルが起こることが知られています。1989年3月にカナダで起きた9時間にも及ぶ停電は、地磁気嵐による地磁気の大きな変動が原因です。「ハロウィン・イベント」の際には、スウェーデンのマルメで停電が起きています。

 通信ですと、例えば旅客機や遠洋漁業の漁船との短波電波を使った通信には、宇宙天気が大きく影響します。また、GPSなど衛星を使った測位にも影響します。ただ、地上の天気と違い私たちが直接感じることができないので、実感することは難しいと思います。唯一、地上で目に見える現象としてはオーロラだけです。

図2● SOHO衛星(ESA/NASA)が捉えた「ハロウィン・イベント」時のコロナ質量放出(白い点線の丸で囲んだ部分)白い小さな点がたくさん見えるのは太陽高エネルギー粒子によるもの

宇宙天気予報はどのように利用されるのでしょうか。

 通信衛星や放送衛星など人工衛星の運用をしている人たちや短波電波を使って通信や放送を行っている人たちが利用しています。最近では、GPSなどの衛星測位が一般的になって、旅客機の運航や離着陸、あるいは土地の測量や無人の農作業機械などに利用されるようになってきています。前回の太陽活動の極大期には、まだ、衛星測位はあまり高度な利用をされていなかったので、次の極大期にはどんな影響が起きるか、はっきりわからないところもあります。ですから、衛星測位システムを高度に利用する場合には、宇宙天気予報の情報を有効に利用する必要があります。

電波研究所時代から続く宇宙天気予報

宇宙天気予報をNICTが始めた経緯を教えてください。

 NICTがその前身である電波研究所であった頃、1957年のIGY(国際地球観測年)の際には既に行っていたので、ずいぶん昔からですね。当時は国内外の通信や放送などで短波電波が広く利用されていました。その短波電波の伝播に影響を与える宇宙環境の変動を予報することは、電波研究所にとって重要な使命だったのです。しかし、現在では状況も変化しています。衛星通信や光ファイバーによる通信が増えたことで、以前に比べて短波通信の重要度は下がってきました。その代わりに国際宇宙ステーションに人が滞在するなど人類が宇宙へ進出する機運が高まってきたことで、宇宙天気予報として、宇宙の利用などにも役立てていこうということになりました。

宇宙天気予報という言葉はいつ頃から使われているのでしょうか。

 1988年頃、研究がスタートしたので、ほぼ20年ぐらい前からでしょうか。88年といえば、ちょうど電波研究所から通信総合研究所へと名称が変更になった年で、その頃から宇宙天気予報という言葉を使っています。アメリカや他の国の研究者が、「Space Weather」は自分のところが最初に言い出したと主張していますが、私たちがオリジナルだと思っています。

すると初期の頃から国際的な交流があったのですね。

 そうですね。IGYの頃にはIUWDS(ウルシグラム世界日業務)という国際機関がありまして、日本も参加しています。その後、1996年にIUWDSは、ISES(国際宇宙環境情報サービス)と名称を変更しました(図3)。

図3● 国際宇宙環境情報サービスの予報センター。13カ国が加盟し活動している

観測データを駆使してより正確な予報を行う

日常の業務としてはどんなことをするのでしょうか。

 太陽、太陽風、磁気圏、それから地球の磁場や電離圏といったデータを常時モニタリングしています。毎日14時半に予報会議を行い、日々のデータから太陽フレア発生や地磁気嵐発生の予報、太陽高エネルギー粒子現象の予測などを行います(図4)。その結果を日本時間(JST)の15時に発令しています。日本以外ですと、ベルギーのブリュッセルが20時半(JST)、オーストラリアのシドニーが9時(JST)、アメリカのボウルダーが12時半(JST)に発令しています。

図4● 宇宙天気予報センターでは、毎日午後に宇宙天気予報会議が行われている。 廊下に響き渡る鐘の音が、会議招集の合図。

予報にはどのようなデータを利用しているのですか。

 太陽関連ですと、1995年にESA/NASAが打ち上げた太陽観測衛星「SOHO(Solar and Heliospheric Observatory)」から送られてくる、黒点や太陽コロナのデータなどを使っています。また、太陽と地球の引力が釣り合うラグランジュ・ポイント(L1)にあるACE(Advanced Composition Explorer)衛星からの太陽風データは、NICT本部にある11mのアンテナで直接受信しています(図5)。NOAA(米国海洋大気庁)の気象衛星「GOES」からは、太陽フレアに伴うX線や高エネルギー粒子、静止軌道上の高エネルギー電子などの観測データが送られてきます。地磁気に関しては、茨城県の柿岡にある気象庁の地磁気観測所や沖縄やロシアなどにNICTが設置した観測点からのデータを見ています。電離圏については、NICTが北海道(稚内)、東京(国分寺)、鹿児島(山川)、沖縄(大宜味)で定常観測しているデータを使っています。また、国土地理院のGPS観測網「GEONET」のデータから算出した電離圏の全電子数を利用しています。

図5● NICT本部の敷地内には、ACE衛星からのリアルタイムデータを受信するパラボラアンテナが設置されている

予報会議ではどのような内容が議論されるのですか。

 まず太陽の状況はどうか。例えば黒点が成長中であるとか衰退中であるとか、あるいは活発に活動しているかどうか。そうした状況を基に、太陽フレアが発生するかどうか。さらに、コロナ質量放出(CME)と呼ばれるコロナガスの大規模噴出現象によって地球に影響があるか。また、高速な太陽風の吹き出し口であるコロナホールの影響で地磁気が乱されることがあるので、コロナホールの大きさや場所にも注意します。太陽高エネルギー粒子のフラックスが増えているかどうかといった議論も行います。

宇宙天気予報はどのような形で情報発信しているのでしょう。

 NICTのウェブサイト(http://swc.nict.go.jp)で公開するほか、電子メールでも情報を送っています(図6)。毎週金曜日には週報、地球に影響を及ぼしそうな現象が起きたような場合には臨時情報を送信しています。また、一般の方にわかりやすい情報提供を行おうということで、YouTubeの
NICT Channel(http://www.youtube.com/user/NICTchannel)から「週刊宇宙天気ニュース」という動画も配信しています。

図6● NICTが開設している「宇宙天気情報センター」のウェブサイト(http://swc.nict.go.jp)

どのぐらい未来までの予報が可能なのですか。

 予報には、太陽から地球までの1億5,000万km離れていることによるタイムラグを利用しています。太陽表面で太陽フレアと呼ばれる爆発現象が起きると、光や電磁波では8分くらいで地球に届きます。その時点である程度の規模などが分かります。太陽高エネルギー粒子は数十分から数時間でやって来ますから、その間に警報を出すことが可能です。ACE衛星は、太陽風の速度で地球から1時間くらい上流で太陽風の観測を行っているので、そのデータを使うと、1時間ぐらい先のかなり正確な予測ができます。コロナ質量放出やコロナホールの影響は、2~3日かけて地球に到来するので、光や電磁波などによる太陽の観測データを使うことにより2~3日くらい先の予測ができることになります。また、太陽は約27日周期で自転しているので、同じ領域からの影響がまた27日後に訪れることもあります。つまり、約1カ月先の予測もある程度まで出来ることになります。さらに、太陽活動は平均すると約11年の周期で変動しているので、活動の活発な時期や静穏な時期を長期的に推測することができます。

 宇宙環境計測グループでは、スーパーコンピュータによるシミュレーションにも力を入れています。数値モデルの分野においては、他の国の予報センターに比べてNICTは進んでいます。数値モデルだけでなく、これまでに蓄積されたデータを使って経験的なモデルを作成して、定量的な予測を行おうという研究も行っています。「ナウキャスト」と言っていますが、リアルタイムの観測データを使って、現在の状況とその推移を正確に伝えていくことがやはり重要です。数値予報の実用化はまだ先なので、経験則を積み上げ、数値予報の精度が上がってきたら徐々に切り替えていく、という方法で予測の向上を行っていきたいと考えています。

亘 慎一
亘 慎一(わたり しんいち)
電磁波計測研究センター 宇宙環境計測グループ 研究マネージャー
1984年電波研究所(現NICT)入所。1994年から1995年米国海洋大気庁宇宙環境センター(NOAA/SEC)(現米国海洋大気庁宇宙天気予報センター(NOAA/SWPC))客員研究員。スポラディックE層によるVHF電波の異常伝播、太陽風擾乱の原因となる太陽活動現象、日本での地磁気誘導電流の研究など宇宙天気予報の研究に従事。
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