

NICTでは、地震発生翌日の平成23年3月12日午前7時30分から10時45分に東北地方の太平洋沿岸および主要道路付近の航空機搭載高性能SAR*(以後Pi-SAR2)による緊急観測を行いました。
地震発生直後に、Pi-SAR2を搭載する航空機(ガルフストリーム2型機)を所有するダイヤモンドエアサービス社(以後 DAS)に連絡し、通常は2日かかる搭載作業を緊急作業で12時間以内に実行してもらう依頼をしました。地震により電話が不通になったのは、DASへの明確な指示・依頼を済ませた直後でした。レーダ機器のうちデータを記録する記録モジュールは、この直前(3月9日)に実施した新燃岳の観測後の処理のためNICT本部(小金井市)に持ち帰っており、航空機のある名古屋空港までの緊急な輸送も必要でした。また、地震発生後から新幹線をはじめとする鉄道がすべて運休となっており、観測者の名古屋への移動手段も確保する必要がありました。そこで、自動車による機器輸送と観測者の移動をやむなしとして急遽レンタカーの手配をし、どうにか荷物運搬用のバンを借り受けることができました。もう少し判断が遅かったら、迅速な観測開始には結びつかなかったと思われます。
図1:2011年3月12日の飛行パス
(地図提供:国土地理院)
紫の長方形の部分が観測実施場所を表し、数字は観測の順序を表す。なお、管制からの指示により一部のパスにおいては観測が見送られた。
通常、Pi-SAR2を運用するには、事前に航空局に飛行パスを申請する必要があります。NICTのPi-SAR2チームは、地震直後から報道による情報収集を進めて、緊急に図1に示す飛行パスを作成し、DASに緊急の申請手続きをメールで伝えて車に乗り込みました。航空機に搭乗する職員3名がNICTを出発したのは23時頃の事です。甲州街道等一般道は車で溢れ、渋滞していましたが中央自動車道に乗ると車の流れはスムーズで、翌朝5時頃に名古屋に到着しDASに入構しました。
到着後直ちに、配線のチェック、機器の動作確認、観測パラメータの入力の作業を行い、6時50分頃から飛行前の天候、フライトコース等の確認の打合せを行い、航空機に乗り込みました。このとき、前日に大阪に出張中だったNICTの熊谷博理事も名古屋に駆けつけて陣頭指揮に当たりました。
名古屋空港を7時30分に離陸して、前日に作成した飛行コースに沿って観測を進めて行きましたが、福島第一原子力発電所の周辺だけは、飛行機を迂回するよう管制から指示があり、それ以外の地域の観測を行いました。Pi-SAR2による観測は直線飛行を基本とするため、旋回時にはデータ取得しません。この観測と観測の間の時間を利用して、機上処理システムを用いて複数枚の画像再生処理を行いました。このときの画像は処理の迅速性を考慮し、2km四方の部分に限定しています。観測を終え、航空機が名古屋に着陸した11時過ぎから機上で処理した画像データをNICTのPi-SAR2チームに伝送を試みましたが、震災後の通信の輻輳のせいか、機上の緊急処理データをすべて伝送できたのは、地震発生から24時間後の15時近くになりました。このデータは、NICTのWebサイトに特別ページを立ち上げて広く一般に向けて公開いたしました。
事象 | 操作 | 時刻 | 観測開始から の時間(hour) |
---|---|---|---|
地震発生 | 14:46 | - | |
飛行交渉 Pi-SAR2システムのセットアップ 小金井から名古屋への移動 |
|||
離陸 | 07:30 | - | |
図1のパスで観測 | 08:16 | 0 | |
機上データ処理 | |||
着陸 | 10:45 | 2.48 | |
データ送信準備 | |||
NICTで画像受領 | 12:14 | 3.97 | |
データ公開準備 | |||
データ公開 | 14:23 | 6.12 |
図2:2011年3月12日午前8時頃に観測された仙台空港付近の画像
画像の大部分を占める黒い部分は、津波により冠水した地域を示している。
表1に観測からデータ公開までのタイムフローを示します。データは小金井に戻る車により持ち帰り、翌日から詳細な(5km四方、偏波によるカラー画像)処理を行い、逐次、前述のWebページに掲載していきました。このうちの1つを図2に示します。仙台空港の画像であり、画像の大部分を占める黒い部分は、津波により冠水した地域を示しています。この画像を含む3月12日の観測データおよび3月18日に再度観測した画像データは、以下のページに現在も公開しています。Pi-SAR2の性能は、30cmの分解能(解像度)を持ちますが、広域性と高分解能を同時に満足するとデータ容量が大きくなりすぎるため、ここでは広域性を優先して分解能は2m程度に低下させています。
これらのデータは、災害現場において救難作業や復興作業等に活用されることおよび一般市民に広く状況を知らせることを目的として公開したもので、一定の目的は果たしたと考えておりますが、レーダ画像の判読には専門的知識が必要な部分もあり、今後はその点の改善が必要と考えています。
最後に、今回の震災により亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、一日も早い復興を祈念しております。
NICT Column
* 航空機搭載高性能SAR(Pi-SAR2)
合成開口レーダ(SAR)は、航空機等から地上に向けて電波を出し、地上を航空写真のように観測することのできるレーダ技術です。電波を使うため曇や雨の天気でも夜でも観測できるメリットがあります。
NICTでは、12,000mを飛行する航空機から地上を広域に観測できる合成開口レーダシステム(Pi-SAR2)を開発してきました。Pi-SAR2の「P」はポラリメトリ(Polarimetry)という機能の意味で、電波の振動する向き(偏波)を用いて、地上の様子をより詳細に区別することができます。Pi-SAR2の「i」はインターフェロメトリ(Interferometry)という機能の意味で、2つのアンテナによる視差から地上の高さを画像と同時に計測することができます。
2号機となるPi-SAR2は、画像の細かさとなる分解能を初号機の1.5mから30cmと飛躍的に向上させた世界最高性能のSARです。
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浦塚 清峰(うらつか せいほ) 電磁波計測研究所 センシングシステム研究室 室長 大学院修士課程修了後、1983年に郵政省電波研究所(現NICT)入所。電波リモートセンシング、特に合成開口レーダの研究に従事。博士(工学)。 |