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新ワイドギャップ半導体酸化ガリウムトランジスタの動作実証に成功 - 次世代高性能パワーデバイス候補に名乗り - 未来ICT研究所 超高周波ICT研究室 主任研究員 東脇 正高

背景

現在、世界的な課題として、化石燃料に替わる新エネルギーの創出と並行して、革新的な省電力技術の開発が求められています。加えて、現在我が国では2011年の東日本大震災の影響もあり、電力需要を減らす努力がこれまで以上に強く求められています。実際、日本における変電を含む送配電損失率は5.5%と非常に大きい現実があります。このような社会事情から、現状のシリコン(Si)よりも更に高耐圧・低損失なパワーデバイス*1の実現が期待できるシリコンカーバイド(SiC)*2、窒化ガリウム (GaN)*3といったワイドギャップ半導体*4材料が注目され、日本はもとより米国、欧州においても活発に研究開発が進められています。酸化ガリウム (Ga2O3*5は、SiC、GaNと比較して更に大きなそのバンドギャップ*6に代表される物性から、パワーデバイスに応用した場合、より一層の高耐圧・低損失化等の優れたデバイス特性が期待できます。また、簡便な融液成長法*7により単結晶基板が作製可能であることから、大口径化および製造コストの削減が可能であり、その結果、製品を安価にできるという主に産業面で有益な特徴もあります(図1)。しかし、これらの高い材料的ポテンシャルにも関わらず、これまで世界的にも研究開発はほとんど手付かずの状態でした。我々は、2010年末にGa2O3パワーデバイス研究開発に着手し、現在までの短期間に数々の要素技術を開発し、世界初のトランジスタ動作の実証に代表される成果を上げてきました。

図1●融液成長法により作製した直径2インチ単結晶Ga2O3基板
図1●融液成長法により作製した直径2インチ単結晶Ga2O3基板

世界初のGa2O3トランジスタの作製、動作実証

今回、(株)タムラ製作所、(株)光波と共同で開発した「Ga2O3単結晶基板作製、薄膜結晶成長、デバイスプロセス技術」を駆使して、電界効果型トランジスタ*8を作製し、その動作実証に世界で初めて成功しました。試作したトランジスタは、MESFET*9と呼ばれる構造です。これは、多くの種類が存在するトランジスタの中でも構造的に最もシンプルであり、動作実証を一番の目的とした今回の試作に適していました。本試作では、単結晶基板作製、薄膜結晶成長までをタムラ、光波にて、その後のデバイスプロセス、特性評価をNICTでそれぞれ行いました。図2(a)、(b)に、それぞれ作製したMESFETの断面構造模式図および光学顕微鏡写真を示します。プロセス簡略化のため、円形FETパターンを採用しております。

図2●Ga2O3 MESFETの(a) 断面模式図、(b) 光学顕微鏡写真
図2●Ga2O3 MESFETの(a) 断面模式図、(b) 光学顕微鏡写真

図3に、作製したGa2O3 MESFETの電流-電圧出力特性を示します。最大ドレイン電流はゲート電圧+2 Vで16 mAでした。高電圧パワーデバイスとして重要な性能である、ゲート電圧を印加することによりドレイン電流をオフした状態(今回試作した素子ではゲート電圧-30 V印加時)における、印加可能な最大ドレイン電圧に相当する三端子オフドレイン耐圧は、約250 Vと非常に大きな値が得られました。また、ピンチオフ状態でのドレインリーク電流は3 μAと非常に小さく、その結果、ドレイン電流オン/オフ比は約10,000という大きな値が得られています。これらのデバイス特性は、研究開発初期段階のため非常にシンプルなトランジスタ構造であるにも関わらず、数値的に優れています。今回得られた良好なデバイス特性は、主に(1) Ga2O3の半導体としての材料的ポテンシャルの高さ、(2) 単結晶基板上の高品質ホモエピタキシャル薄膜を用いたこと、の2つの理由によると考えられます。

図3●Ga2O3 MESFETの電流-電圧出力特性
図3●Ga2O3 MESFETの電流-電圧出力特性

今後の展望

我々が今回、新ワイドギャップ半導体材料であるGa2O3を用いたダイオード、トランジスタの開発に成功したことにより、次世代高性能パワーデバイス実現への可能性を開いたと考えます。Ga2O3パワーデバイスには、グローバル課題である省エネ問題に対しての直接的な貢献とともに、日本発の新たな半導体産業の創出という経済面での貢献も併せて期待できます。近い将来、送配電、鉄道といった高耐圧から、電気、ハイブリッド自動車応用などの中耐圧、更にはエアコン、冷蔵庫といった家電機器などの低耐圧分野も含めた非常に幅広い領域での応用が見込まれ、その市場は数千億円/年以上の大規模なものになると考えられます。今後も実用化を見据えた研究開発を加速するために積極的に外部との連携を進め、10年以内のGa2O3パワーデバイス産業化を目標に取り組んでいきます。

用語解説

*1 パワーデバイス
パワーデバイスは、電力機器向けの半導体素子の総称。その構造は電力制御用に最適化されており、パワーエレクトロニクスの中心となる電子部品。家庭用電化製品やコンピュータなどに使われている論理回路用半導体素子に比べて、高電圧、大電流を扱えることが特徴。

*2 シリコンカーバイド(SiC)
シリコンカーバイドは、ケイ素(Si)と炭素(C)の1:1 の化合物で、化学式SiCで表される半導体。バンドギャップ*6は室温で3.3 eV(電子ボルト)である。その大きなバンドギャップから、現在次世代パワーデバイス材料として活発に研究開発が進められている。

*3 窒化ガリウム(GaN)
窒化ガリウムは、ガリウム(Ga)と窒素(N)の1:1の化合物で、化学式GaNで表される半導体。そのバンドギャップは室温で3.4 eV(電子ボルト)と大きい。現在、主に青色発光ダイオード、レーザーダイオード等の発光デバイスの材料として用いられている。また、電子デバイスとしても、昨今SiCと同様にパワーデバイス用途での研究開発が活発に進められている。

*4 ワイドギャップ半導体
半導体の材料特性を決める最も基本的なパラメーターである「バンドギャップ」が大きい半導体の総称。代表的なワイドギャップ半導体としては、シリコンカーバイド(SiC)、窒化ガリウム(GaN)、酸化亜鉛(ZnO)などが挙げられる。電子デバイスに応用する場合、高耐圧、高出力、低損失などのパワーデバイスに適した特性を示す。そのため、現在、シリコン(Si)に替わる次世代パワーデバイス材料として盛んに研究開発が進められている。

*5 酸化ガリウム(Ga2O3
酸化ガリウムは、ガリウム(Ga)と酸素(O)の組織比2:3の化合物で、化学式Ga2O3で表される半導体。結晶構造として、α, β, γ, δ, ε の5つの異なる形が存在することが知られている。それらの中でも、最も安定な構造であるβ-Ga2O3のバンドギャップは室温で4.8-4.9 eV(電子ボルト)。

*6 バンドギャップ
半導体、絶縁体において、電子が占有する最も高いエネルギーバンドである価電子帯の頂上と、最も低い空のバンドに相当する伝導帯の底までのエネルギー差。材料物性を決める最も基本的なパラメーターの1つ。

*7 融液成長法
溶融した材料を用いた単結晶成長方法。半導体基板作製に適用した場合の特徴として、(1) 単結晶基板の大型化が容易、(2) 作製時に高温・高圧といった条件が不要なため低エネルギー・低コストでの作製が可能、(3) 原料効率が高い等が挙げられる。これらの特徴から、実際の生産に非常に適した方法である。

*8 電界効果型トランジスタ
電界効果型トランジスタ (Field Effect Transistor, FET)は、ゲート電極に電圧をかけることで、チャネルの電界による電子または正孔の流れに関門(ゲート)を設ける原理で、ソース-ドレイン端子間の電流を制御するタイプのトランジスタ。

*9 MESFET(メスフェット)
MESFET (Metal-Semiconductor Field Effect Transistor)は、電界効果型トランジスタの一種。ショットキー接合性の金属をゲートとして半導体上に形成した構造を持つ。一般にMESFETは、化合物半導体(GaAs、InP、SiC等)で利用され、Si MOSFETと比較して高性能であることから、各種の高周波素子に利用されている。

東脇 正高 東脇 正高(ひがしわき まさたか)
未来ICT研究所 超高周波ICT研究室 主任研究員

大学院修了後、日本学術振興会博士研究員を経て、2000年、郵政省通信総合研究所(現NICT)に入所。半導体結晶成長、デバイスプロセス、特性評価などに関する研究に従事。現在、JSTさきがけ研究員、工学院大学非常勤講師兼務。博士(工学)。
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