タイトル 光多重技術が生み出す超高速ネットワーク(フォトニックネットワークの実現をめざして)
和田 尚也

はじめに

 インターネット(IP)の普及により、これまでテレビや新聞から情報を受け取るだけであった個人が、自ら情報の発信源となったり、大量の情報を個人間で簡単にやり取りすることが可能となりつつある。さらにインターネットは経済、医療、公共サービス等の幅広い分野で急速に利用されるようになってきており、我々の社会生活の中にみるみる浸透してきている。このようにインターネットの急激な普及は、日常における情報通信量の爆発的な増大を招いており、現在、通信ネットワークの容量不足という深刻な問題を引き起こしている。この通信量の増加は今後更に加速することが予想されており、それを支える情報通信ネットワークの高速化、大容量化、高機能化が早急に求められている。この社会的要求に対応可能な超高速・大容量ネットワークの実現には、従来の電気信号を使った通信ネットワークではなく、光ファイバをベースとし、情報を光でやりとりするフォトニックネットワークの構築が必要不可欠となる。
 これまで私達のグループでは超高速、大容量、かつ高機能な情報通信ネットワークを実現するため、新しい多重通信技術である、光符号分割多重通信(Optical Code Division Multiplexing "OCDM")の研究を行ってきた。
 ここでは光符号分割多重通信の原理とこれまでの研究成果を紹介する。さらに、OCDMシステムの開発によって養われた基礎技術の、フォトニックネットワークへの応用として、光符号を用いる事により全光処理のルーティングを可能とする、フォトニックIPルーティングの構想と原理確認実験の結果について解説する。

光符号分割多重通信の原理

 図1に各種多重化方法を示す。時間分割多重(Time Division Multiplexing"TDM")は、時間軸を区切って各チャネルを割り当てることにより、多重化を行う。波長分割多重(Wavelength Division Multiplexing"WDM")は波長軸上の各帯域に各チャネルを割り当てることにより、多重化を行う。一方OCDMは、各チャネルのデータを、チャネル毎に異なる光直交符号で符号化することにより、多重化を行う。
 符号化は,データを表す各ビットを、光直交符号で置き換えることによって行われる。ここで、光直交符号は自分自身との相関が1、異なる符号間の相関が0になる性質をもっている。従って多重化した後も、相関演算により符号の識別を行い、所望のデータだけを分離して取り出すことが可能となる。


図1 各種多重化フォーマット



図2 光符号分割多重通信(OCDM)システム



 このとき各チャネルは用いられる光源の波長を中心とした、ある特定の帯域に形成される。従ってWDMの一つの通信チャネルを更に多くのユーザで共有することが出来る。
 OCDMはWDMネットワーク通信容量の更なる増加、非同期通信方式、シンプルかつ柔軟なシステム構成、通信セキュリティの向上などの、優れた特徴を持っている。WDMネットワークの上にOCDM方式を重ねたOCDM/WDMハイブリッドネットワークの導入により、ネットワークの容量増加ばかりでなく、ネットワークに多様な機能を持たせることが可能となる。

OCDMシステム

 図2に1チャネル当たり10Gbit/sでの、OCDM伝送システムの構成を示す。システムは10Gbit/s光送信機、光符号器、光ファイバアンプ、100km分散シフトファイバ、光復号器、そして時間ゲート検波器から構成される。光符号器と復号器は同じ構造をもち、5ピコ秒(1ピコ秒=10-12秒)間隔で配置された可変光タップ、光位相シフタ、合波器からなり、これらは全て平面光導波路技術により集積化されている。
 光送信機において、パルス光源から出力される光パルス(図3(a))は、送信データに従い強度変調される。この変調パルスは光符号器において、ピコ秒ごとの8つの光チップパルスに分波される。各チップパルスの光キャリア位相は、"0"または"π"の位相シフトを与えられ、全ての光チップパルスを再度合波することによって、特定の中心周波数と位相の組み合わせを持つ光符号が全光学的に生成される。
 生成された光符号は多重化され、伝送された後、受信側の光復号器で復号化される。復号化された信号は、不要な信号成分を除去した後、光検波器で検波される。この検波システムは、より直交性の高い符号の導入により簡略化可能である。
 生成された8チップ光符号の一例として"0π0ππ0π0"の位相組み合わせをもった符号の強度分布を図3(b)に示す。図3(c)と(d)は復号化信号であり、それぞれ受信信号の符号が、受信機内の復号器がもつ符号と一致した場合と不一致の場合の結果である。一致する場合は中心に高いピークをもつ自己相関関数波形となり、不一致の場合には相互相関波形となり高いピークは存在しない。従って強度を識別することにより、一致する信号だけを取り出せる。100km伝送後も良好な特性が得られている。

図3 ストリークカメラトレース
(a)10GHzパルス、(b)8チップ符合、(c)復号化信号(一致)、(d)復号化信号(不一致)



図4 フォトニックIPルーターの構成



フォトニックIPルーティング

 OCDM基礎技術のフォトニックネットワークへの応用例として、OCDMで用いる光符号を、通信パケットのラベルとして用いることにより、全光学的ラベルスイッチングを可能とし、全光処理のルーティングを可能とする、フォトニックIPルーティングの構想を提案し、原理確認実験に成功している。
 図4にフォトニックIPルーターの構成を示す。通信パケットのヘッダーには、光符号がラベルとして置かれる。フォトニックヘッダープロセッサーにおいては、光相関演算によってルータに書き込まれている数万の参照符号との照合を、光信号を電気信号に変換することなく、光のままで同時並列的に行う。符号照合の結果はそのまま、光ゲートスイッチに伝えられ、所望のスイッチだけを開き、パケットを目的のルートに導く。
 原理確認実験では、アドレス情報を35ピコ秒で認識し、パケットを転送する事に成功した。  これは1秒間に、65億個のパケットを処理する速さに相当し、理論的には毎秒100億パケット(毎秒約4.5テラビットに相当)の処理が可能となる。

おわりに

 これまで我々のグループでは、最新のフォトニック技術を駆使した、新しい通信システムの提案と開発を行ってきた。今後は、ますます加速する情報通信産業の増大を根底から支えるべく、通信技術の飛躍的な向上を図り、大容量かつ高機能な通信を可能にする、フォトニックネットワークの早期実現を目指し研究を行う。
(光技術部光通信技術研究室)


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